「自由」

束縛のない場所で好き勝手に動くことが自由ではなく、制限のある環境の中でより高くより遠く、今まで想像しなかったことを作り上げようとすることが本当の自由だと思う。

この時期を経て僕たちの生活スタイルの選択肢は確実に広がる。もっと自由になる。

神と自然と街と人と

山・川・森・泉・・・

日本は古来からそれぞれに神が宿ると考え祈りを捧げ、人と自然が互いに和をもって暮らせるよう続けてきた。
そして神々に感謝と祈りを捧げる場を集落に作ったことが神社のはじまりだと言われています。

緑が広がる森林や美しい水が流れる川を「自然」と呼ぶならば、街は「不自然」かもしれません。
僕らはその不自然な街で自然体でいるという歪み中で生きています。

だから僕は時間ができると自然の中へ行き、身を委ね、自然体に自分を取り戻し、そして不自然の街に戻り過ごしていきます。そしてまた疲れたら自然の中へ・・・その繰り返しです。

最近自宅で過ごす日々が続いているので毎朝散歩して近所の神社に行っています。
やはり街のなかとは空気が全く違う。
心が落ち着くし、満たされるし、祈りたくなる。

そうだ、街にも自然があるんだ。

地元の住民が早朝に神社へ行き、祈る。
それは今の日本に大切な風景だと思った。

この状況のなかでも、みなさんが心穏やかに過ごせますように。

待つことは哲学

昔から心に留めている言葉です。

携帯がない頃の待ち合わせはその場に佇むしかなく、その時間が自分と向き合ったり物事を深く考えることができた。

携帯できて純粋に「待つ」ということが無くなり外部と関わるばかりで自分と関わる時間が無くなった。

朝の散歩は「待つ時間」と似ていて頭と心が満たされます。

谷川岳バックカントリースキー

ようやく今シーズン初のバックッカントリースキー。(スキー自体も3日目)。
谷川岳を登ってきました。

ご一緒させていただくのは、いつものように谷川岳警備隊の新井孝之さん。
とても楽しいけれど、それと同じくらいに危険な山。
8000メートル峰14座の死者を合計しても約600人なのに対して、谷川岳の死者は800人以上。多くの避難者や犠牲者を背負い下山し、谷川岳と共に生きてきた方です。

前日の夜に谷川岳登山指導センターに入って、新井さんや山岳警備隊の方々と食事をしながら賑やかに過ごしました。

そして翌朝。
朝食を済ませ気持ちを入れ替えて支度を。
ここで忘れ物をしたら取りに戻ってこられないし、もしかしたら一生戻ってこられなくなるかもしれない。

昨夜の鍋にうどんを入れて朝食を済ます。

ビーコン、スコップ、プローブ、防寒具、行動食、飲み物などひとつずつ確認していきます。

ロープウェーが動き出したので出発。
まずは天神平スキー場へ。
そこからリフトに乗って、降り場から少し歩いてスキー場管理区域外にアプローチします。

スキー場から管理区域外へ出るときは、決してスキーを履いたまま滑って出てはいけません。
そうすると滑った跡が出来てしまって、一般スキーヤーが「こっちもゲレンデなのかな」と勘違いして管理区域外に出てしまう可能性があります。

管理区域外へ出て、スキーを履いていよいよスタート。
最初は少しだけ滑って降ります。

ここから管理区域外。目指すは遠く先に見える谷川岳。

そこからいよいよスキーの裏にシールという登坂用具を装着して登ります。

それにしても快晴!!
天候の変化が激しい谷川岳でこの快晴を当てるなんて持ってる!
気持ちがただただ上がるばかり。

でも、

今シーズン初のバックカントリー。
登坂技術が鈍っていたり、高度に慣れていなかったり。
そしてこの1年は舞台ばかりだったので運動不足だったし(不摂生もあり)すぐにヘトヘト。。。
荷物や履いているブーツやスキーがいつも以上に重く感じて大変でした。

今回予定している行程は、谷川岳の山頂まで登ってさらに奥に進み、芝倉沢を滑るルート。
ロングルートなので時間も不安になりながら一歩一歩前に。

この一歩は数十センチだけれども確実にゴールへ近づいているんだ。
そう言い聞かせながら進みました。

そしてようやく谷川岳山頂に到着!

見事な絶景に疲れも(少し)吹っ飛びました。

谷川岳の山頂のひとつ(双耳峰なので)、トマの耳。もう一つはオキの耳。
「手前の耳」と「奥の耳」が訛ってそう呼ばれるようになったというのが一説。
山頂から見える景色。
この稜線を縦走することが次の目標。
雪山を歩くときは絶対に地面の端を歩いてはいけません。
雪庇と言って、写真のように出っ張っていることがあり、その上に立つと崩れてそのまま滑落します。

そしてこれから進む先を見ている新井さん。
スキーを履いたまま進んでいく予定だった斜面に広く岩肌が出ていて別の登坂用具がないと厳しいかもしれないとのこと。

安全をとって登ったルートを引き返すことにしました。

予定を変更して滑走エリアは「肩の広場」。
山頂付近にある山小屋「肩ノ小屋」からすぐの広い斜面。

ふかふかのパウダーではなく少し重めの新雪だったけれど、誰も滑っていない斜面を独り占め!テンションをあげてドロップイン!

・・・と思ったら最後に片足が雪に取られて転倒。
でもそれも気持ちよく笑顔になっちゃいました。最高!!

次に新井さんがドロップイン。
新井さんはスノーボード。ライディングスタイルがとてもかっこいい。
うまく言葉にできないかもしれないけれど、「山を愛しているんだなぁ」と感じずにはいられない滑りなんです。

「肩の広場」で新井さん。
谷川岳を愛でるように大きな弧を描いて美しいライディング。
この後ろ姿に惚れちゃいます。
今まで多くの受傷者が新井さんの背中の大きさを感じたことでしょう。

やはり自然っていいな。

このような山々に囲まれた場所を「自然」と呼ぶならば、
街は「不自然」なのかもしれない。

街に住む僕たちは、その不自然の中で「自分らしく」と自然に振舞って生きていかなければならない。

それこそ不自然だと思う。
でもそうしなくてはいけない。

だから僕は、時間が空けば自然の中に身を委ね、自然を感じ、自分の「自然」を取り戻す。
そして街に戻ってまた不自然のなかで過ごしていく。

群馬県みなかみ町に小さい部屋を持って10年ちょっと。
これを続けてきて、身体も心も豊かになってきたと感じます。

自然は「嘘」がありません。
そこに斜面があって、水があるから川になる。
木陰で日が当たらないから草が生えにくい。
僕たち人間が疑っても意味のない世界。
だから素直に受け入れるしかない。

その世界が自分になってどう感じるか。

もし日常が窮屈に思えることがあったら、1日ゆっくり自然の中で過ごしてみてはいかがですか?

そして滑ったり歩いたりしながら下山。
登りより体力と心に余裕があるので、絶景をカメラに収めながらのんびりと。

谷川岳。山頂付近の広い斜面が「肩の広場」。
ここを滑るとどれだけ気持ち良いか想像できますか!?
雪が少ないと岩肌と雪のコントラストがとても美しい。
オキの耳。別名、谷川富士。
谷川岳は本当は谷川岳じゃないんです。
実は別の名前が付いていたのですが、国土地理院が地図作成の際に誤って谷川岳と表記してしまってそれが定着してしまったのです。
この写真に写っている、今は俎嵓(マナイタグラ)という名前の山がもともと谷川岳でした。

「肩の広場」望遠レンズで。
僕が転んだ跡も見えちゃいます(笑)

登りはあんなに時間がかかったのに、どうしてこんなに早いの。。。
あっという間の下山でした。

自然のアクティビティに100%安全ということはありません。
そのなかでも可能な限りリスクを減らし、新しい体験と学びを与えてくださる新井さん。
本当にありがとうございました!

新井さんのバックパックや装備。
僕が山の道具を買うときには必ず新井さんに相談しています。
かぶっているビーニー(ニット帽)は、MINAMAMI BASEと新井さんのコラボモデル。
速攻売り切れなので来シーズン狙います!

スキーヤーっぽく見える新井さん(笑)
この日の道中も他の登山者と話をしていて新井さんが「警備隊です」と言ったら、「もしかして、新井さんですか?」と言われたり、「以前滑落してお世話になりまいした」という方も。
新井さんをはじめ多くの警備隊の方が日々谷川岳を見守っています。

「新撰組」と「学習院大学輔仁会スキー部」

学習院大学輔仁会スキー部

僕が現役の頃は、「学内の体育会の中で体力的にも精神的にもトップクラスにキツい」と言われていました。

部活で遅刻やミスなどがあると、トレーニングチーフから“トレーニング罰符”という厳しいトレーニングメニューが課せられる。

その内容は本当に大変なもので、その後10分くらい立ち上がれないこともあった。

僕が卒業する際に下級生達がそれぞれメッセージカードを書いてくれたなか、2つ下の後輩が、僕がトレーニングチーフの時の思い出を書いてくれました。

「トレーニングチーフのタムさんが1年生全員に罰符を出した時に、タムさんが1番辛い顔をしてたのを覚えています。」

たしかそんな内容でした。

おそらく12月の北海道合宿。糠平観光ホテルのスキー乾燥室で出した罰符のことだと思う。

トレーニングチーフとして沢山の罰符を出したけれど、そのそれぞれの光景は今でも思い出せる。

罰は受ける方は勿論大変だけど、課す方も辛いから。

僕よりもタイムレースで速い人に罰符なんて出していいのか。ミスをしてしまうくらい気持ちが抜けているのは僕にチームを引っ張る能力が無いからなのか。

毎回毎回自分を疑ったり責めたりしていました。

でも、スキー部がチームとして成績を残すため。

部員達が、卒業後に社会人としてしっかりやっていけるように。

“田村幸士”としてではなく“トレーニングチーフ”として与えられた役目を全うするしかありませんでした。

規律を破った隊士に対してはたとえ幹部の人間であろうと切腹を命じ「鬼の副長」と呼ばれた土方歳三。

でも彼はそのひとつひとつ全てを目に焼き付け忘れず、亡くなった隊士に対して思い続けていたはず。

そしてなによりも、規律を守らせることが出来なかった副長としての自分の無力さを痛感し苦悩していたのだと思います。

新撰組のため

近藤勇のため

隊士のため

その愛があるからこそ、今なお愛される鬼の副長なのかもしれません。

大学を卒業してもコーチとして現役部員たちと関わり、彼らの為、スキー部の為に何ができるかを考え、行動し、そして今まで100人を超える後輩たちと出会ってきました。

彼らと久しぶりに会うとあの頃を思い出すし、彼らが立派な社会人になって、あの辛い日々を笑いながら話せるようになってくれていると、あの頃の僕は少しは役に立ったのかなと思えることもある。

愛を持った土方歳三。

「壬生のほたる」で演じるにあたってスキー部で出会った多くの後輩たちの顔を思い出しながらそこに辿り着くことができました。

本当にありがとう。

これを書いた後に物置を探してその手紙を見つけて、全員の手紙を改めて読み返した。

僕の宝物です。

僕が板の上に立てているのは

初めての商業演劇
初めての時代劇の舞台
それが2011年からはじまった『大奥~第一章~』でした。

右も左も分からずただただ毎日ついて行くのに精一杯。というか、ついて行けずに僕の芝居のせいで稽古がすぐに解散になったこともあった。

稽古場にいる共演者の感情なんて感じとる勇気もないしただただ稽古場の端で台本を読んでいた。

諸先輩方が色々とアドバイスをくださり一生懸命聞いているんだけど脳の処理能力が追いつかず思考停止。毎日稽古に行く前は吐き気が起こる。

でも絶対に笑顔は絶やさず弱音吐かないし見せない。
引き出しが少ないなかでも自分が出来ること必死にやるしかなかった。

先輩方にお願いして居残り練習を一緒にしていただく。
表紙が取れるくらい何度も台本を読み返す。
一番早く稽古場に入り、一番遅く稽古場を出る。
思考の主語を“自分”にして悩むのではなく、主語を“作品”にしてどうすれば作品の為になるかを考え続けること。

とはいうものの、出来ないことばかりの僕は本当に温かく面白く素敵な共演者の方々に囲まれて、3年間195ステージやりきった。
あの共演者のみなさんだったから。心からそう思う。

その方々と『壬生のほたる』で再会できた。

堺新次さん、こばやしあきこさん、積田裕和くん。

嬉しいし、心強い。
そしてあの頃を思い出させてくれ、エネルギーを与えてくれています。

今回の『壬生のほたる』も同じ空気がする。

それぞれ個性が違う。でも作品に対する、仲間に対する熱とベクトルが不思議なくらい同じ。

稽古場の中で自分が出来ることを見つけて率先して動いている。それは稽古中ではなく片付けやゴミ拾いも。

まだ不安要素はあるけれど、「僕らなら」と思う自分もいる。

僕は本当に共演者に恵まれている。
今まで出演した作品の全ての共演者の方々のお陰で、今、僕は板の上に立てています。

全てに感謝して残りの稽古を全うします。

そして劇場にてお待ちしております。

『 新撰組日記 壬生のほたる 』

【 場所 】

渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール
渋谷区桜丘町23-21
渋谷駅西口徒歩5分

【 公演スケジュール 】

1月21日(火) 19時開演
1月22日(水) 19時開演
1月23日(木) 14時開演/19時開演
1月24日(金) 14時開演/19時開演
1月25日(土) 13時開演/17時開演
1月26日(日) 12時開演/16時開演

【 チケット 】

指定席 6,000円
自由席(桟敷席) 5,000円
※詳細は下記ページでご覧ください

■ 公演詳細ページ

■ 予約ページ

グラデーションの中で

舞台「燦々」
稽古も進み、作品に命が吹き込まれてきています。

今回の作品は、心に深い傷を負い、街で暮らすことできなくなった女性たちが暮らす山荘の物語。
稽古を通してその女性や、その山荘に街からやってくる人たちを見て思うことがあります。

普通と普通じゃないの境界線は?
正常と異常の境界線は?
自然と不自然の境界線は?

それは誰が決めるのか。ひとぞれぞれなのか。だったら明確な線引きはあるのか。
そもそも正常と異常と2つに分けることができるのか。

Mr.Childrenの「Gift」で好きなフレーズがあります。

——

「白か黒で答えろ」という難題を突きつけられ
ぶち当たった壁の前で 僕らはまた迷っている 迷っているけど
白と黒のその間に 無限の色が広がっている
君に似合う色探して やさしい名前をつけたなら
ほら 一番きれいな色 今 君に送るよ

——

僕たちは無限の色のグラデーションの中に生きています。

以前のブログにも書いたと思いますが、形容詞は「絶対評価」でも「相対評価」でもなく「主観」だと思っています。
薔薇を綺麗と思う人もいれば、刺々しくて怖いという人もいる。
パクチーを好きという人もいれば嫌いという人もいる。
その評価は誰からもおかされることはありません。

同じように、僕のことをカッコイイという人もいるかもしれないし、顔が濃くて苦手という人も絶対にいる。

役者などの職業関係なく、人は皆、周りの評価を受けながら生きています。
100人の友達がいれば100人の「田村幸士」の評価があって、それはどれも正解なんです。

直接なのかメディアを通してなのか、意図的なのか意図的じゃないのか。
そんなことは全く関係なくすべての評価が正しい。だから受け入れて認めるしかない。

逆に言えば、
じゃあ「誰に合わせる」ということ自体に意味があるのでしょうか。
誰かの評価に合わせれば他の人からの評価が変わるかもしれない。

もちろんそれはワガママとは違います。
社会の中で、仲間とともに生きているからには尊敬とマナーは必ず必要です。

でも、
人を評価して判断すること、
自分が自分を評価すること、

そんなすぐに決めつけすぎずに、その時、その場で感じたことを素直に認めて受け入れて、
そして決して自分を卑下せずに、前傾でもなく後傾でもなく、ただただまっすぐ立っていることが大切なのかなと思います。

舞台の話に戻りますが、
今回の登場人物は16人います。
観てくださった方全員がそれぞれの共感する人、心が揺さぶれる場所が違うはずです。

舞台の上に立っている人のなかで好きな人を観ることができる。
映像にはない舞台ならではの魅力を存分に楽しんでいただけましたら幸いです。

動画は昨日の群馬県みなかみ町。
みなかみ町は標高差があり長い期間紅葉を楽しめます。
今は藤原エリアがピーク。
こらから徐々に下がり、温泉街付近はこれからです!

劇団BLUESTAXI 第33回公演

『 燦々 』

ー あらすじ ー

人里離れた山奥に、悲しい過去を持つ女たちが、ひっそりと暮らす山荘があった。

行き場のない女たちは、自然の豊かさに触れ、また献身的な人たちに支えられながら、安息の日々を送っていた。

しかし逃れられない現実が彼女たちの前に立ちはだかる。

そこに思いを秘めた男たちも訪れて…。

劇団BLUESTAXIがお届けする淋しい人間たちの優しくて悲しくて愛おしい群像悲喜劇。

ー 劇場 ー

テアトルBONBON(中野)

ー タイムテーブル  ー

11月26日(火)19時(A)
11月27日(水)19時(B)
11月28日(木)19時(A)
11月29日(金)14時(A)・19時(B)
11月30日(土)14時(B)・18時(A)
12月1日(日)12時(A)・15時半(B)


全9ステージ
一部ダブルキャスト
★田村は全公演出演致します

ー チケット ー
前売  4200円
当日  4500円
※日時指定自由席


ー ご予約・詳細 ー
こちらのページへおすすみください

台本より前のこと。

舞台「燦々」

稽古も回数を重ねて少しずつ作品の世界が広がってきました。

今まで出演した舞台は、稽古中は決まって「ちゃんと伝えることができるのか」「良い作品になるのか」という不安のまま稽古が進んでいきます。
(稽古や作品がダメということではなく不安症のせい)

でも今回の舞台はその感覚とちょっと違うんです。

今日1日台本を読みながら考えました。

どちらに共感するか、何が正しいか、観る側によって感じ方が全く違うんです。

緑の木々に囲まれ、鳥の声と風の音しか聞こえない場所を「自然」と呼ぶならば
街は「不自然」なのかもしれません。

今回の作品の舞台である山奥にある山荘は、心に深い傷を負った女性たちが過ごす場所。

自然の中で過ごす女性たちは、街で過ごすことができない「不自然な人」というレッテルを貼られ、
不自然な街の中で普通に暮らしている人は「自然な人」。

でも果たしてそうなのでしょうか。

どちらの行動・感情が人として自然なのでしょうか。

そしてその答えに正解も不正解も無いのだと思います。

ただただ普通に作品を観てただき、
気になった、興味を持った登場人物
そして琴線に触れるセリフや行動
それを素直に追って観ていただけましたら幸いです。


だからこそ、
だからこそ、僕たちはただただ作品の中の登場人物を生きれば良い。
というか、それが役者の当然の仕事なんだけど最近は色々考えすぎてしまっている部分がありました。


役の人生を。

この物語が始まる前の日は何をしていたか?
更にその前の日は?1年前は?

登場人物は台本より昔の人生を背負って、そしてこの物語に入ってくる。

台本より前のページを生きる。
まだまだ足りないことばかりですがひとつひとつ埋めていきます。

興行文化の出発点

“見る”から”観る”
“観る”から”やる”
興行文化の出発点

Sportsnavi
“THE WAY TO 2020” みんなのカウントダウン
に掲載されました

ラグビーワールドカップは日本の大躍進でランキング8位になり盛り上がっていますが4年後のワールドカップも同じようにできるのでしょうか。

しっかり調べておらず憶測が入りながらになりますが、今回は開催地が日本ということで多くのスポンサーや助成金が入り、日本代表は今年だけでも240日間以上の合宿を行うことができ、そしてそれに対する選手やスタッフの給金も補うことができていたんだと思います。

2023年にフランスで開催されるワールドカップでは、それだけのスポンサーや助成金が入るのか。240日以上の合宿が行えるのでしょうか。

助成金やスポンサーは副産物としてありがたくいただき、まずは「観に行く」という興行文化をしっかりと築き上げること。

アメリカと日本の学校の体育館を比べると分かりますが、あちらの体育館は客席がもともと設計され「観るための施設」としてつくられていますが、日本は三面が壁、そして上からものを申す舞台、つまり教育の施設として作られています。小さい頃から「観る」という環境に恵まれていないのです。

アメリカに比べて「観せ方」「魅せ方」があまり得意ではない日本ですが、各競技も少しずつエンターテイメント性が高まり観ていて楽しくなっています。

今年の初観戦競技は空手とレスリング。
両方とも日本一を決める全国大会でしたが入場無料!やはり会場の熱気で盛り上がります。
ラグビーはまだ2回くらいしか観戦したことがありませんが、また観に行きます。

応援するアスリートやスポーツを支えるのは何よりも興行収入です。
実際に観て、観客が楽しみ、そして興味を持って実際にやってみて各競技人口が増える。観客が増えることでアスリートの地位や収入があがる。
そんな土壌ができるきっかけとなるオリンピックになればいいですね!

そのためにはすぐに体験できるコンテンツや受け皿を用意しておければ。日本人は熱しやすく冷めやすいので。

「ルール詳しくない」「選手をよく知らない」ということで行くことを躊躇っている方もいらっしゃると思いますが、是非気軽に観に行ってみてください!
それを超える楽しさが待っています。

「ようこそ!ゴーストホテルへ」千穐楽

舞台「ようこそ!ゴーストホテルへ」
昨日無事に千穐楽を迎えました。お越しいただいたみなさま、本当にありがとうございました。
山麓ホテルのひととき、いかがだったでしょうか?

「この作品はたまたま僕の役を切り抜いただけであって、作品の中で生きる権利はどの役も平等です。」

4月16日の初顔合わせでそう話しました。

初めての座長。
出演のお話しをいただいてからずっと「座長」という言葉について考え、今までたくさんの素晴らしい座長の元で演らせていただいてきて、その方々の姿をずっと思い返してきました。
僕にはそのような圧倒的な存在感で引っ張れるとは到底考えられず不安ばかりでした。

その中で行き着いた僕の答えは「まわす」ことでした。

密室的になりがちな稽古場に「陽」の空気をまわす。
全キャストそれぞれがコミュニケーションしやすい環境をつくり言葉をまわす。
アイディアをまわす。

そんなことを心がけて稽古を過ごしました。

19日という決して長くない稽古期間、萩庭監督の繊細な演出・指導のもと全員が必死にもがいて作り上げました。

1シーン・2シーンだけ登場するキャストが、その瞬間に全力を注いてくれた。今回の作品が素晴らしいものになった大きな要因のひとつだと思っています。

千穐楽の夜公演でのできごと。
警官がドタバタ走ってきてドタバタ転ぶシーンがあります。僕はソファに座って目を閉じたり別の方向を見ているのでその様子を直接見ることはできないけれど、ソファから身体に響くその振動に愛と温かさを感じ思わず涙が出てきました。

登場回数の多い少ない関係なく、全員がこの作品を座組を愛してくれたこと。これに尽きると思います。

お越しいただいた方に印象に残った登場人物を聞くと、面白いくらい全員バラバラ。それくらい全ての役に個性と愛が詰まっていました。

劇場に入ったら楽屋はいつも笑顔と笑い声ばかり。
温かいメンバーに囲まれ、助けられ、初主演の舞台を踏むことができたことに感謝しかありません。本当にありがとうございます。

未練が残り成仏できなくならないように日々を全力で一生懸命過ごしてまいります。
今後ともよろしくお願いいたします。

恒例の「こどもの日」

毎年恒例、こどもの日の親子写真。
今年で43枚目

昔の写真を見ると父の膝のうえに座っていたり。
座る場所が隣になっていてもずっと父の膝のうえに座っている関係なんだろうな。

父は僕より一足先に一昨日、大阪松竹座で初日を迎えました。
藤山直美さんとのタッグ。最高に面白く素敵な作品です!!
大阪付近にお住まいの方は是非ご覧ください。
https://www.shochiku.co.jp/…/det…/2018_shochikuza_waraukado/

そして僕は昨日はじめての通し稽古(最初から最後まで続けて演じる)でした。

今回僕は最初から最後までの約1時間55分、一度も舞台袖にハケることがなくずっと舞台に立っているという初めての挑戦。

体力と気力を使いますが、本当に素敵な作品に仕上がって来ております。

残席が少なくなってきておりますが、ご都合が合いましたら是非お越しください!

ご予約は
http://gcp-lab.net/koji/yoyaku/
からお願いします。

受け入れて流れる

自然が創り出すものは それ以上もそれ以下もない。
雪が降るのも雨が降るのも風が吹くのも全て理由があってその理由の分だけそこに存在する。 

うまく説明できないけれど、雪が「降りたい」と思って降っているわけでも風が「吹きたい」と思って吹いているわけでもない。
だからもしかしたら自然こそが一番謙虚に周りを受け入れ、あるがままに存在しているから美しく、儚く、力強く、壮大なのかもしれない。

僕たちももっと謙虚に、そして周りをもっと受け入れ、そのエネルギーに流され自分の中で巡らせ、フィルターをつくらずただただ存在していれば、人間ってもっと素晴らしいモノやコトを作ることか出来るのかもしれない。

自分を捨てて周りにただただ流されるのって本当に本当に怖いと思うけれど、それに飛び込むのが演技など表現することだと思う。

だから自然が好きなのかな。
や、自然が好きだから演技も好きなのか。

「カメラを止めるな!」金曜ロードショー

「カメラを止めるな!」の撮影裏シーン。

実際もこういう事ばかり。面白おかしく見えるけどそれでもスタッフはこれを必死にやっている。

2h生放送特番のADやっていた頃を、そして出演した『カッコウの卵は誰のもの』で共にしたスタッフの皆の頑張りを思い出して泣きそうになった。

ドラマも映画も舞台も現場は驚くほどアナログな世界。

自分の役割を全うするために「おい邪魔だ!」と怒鳴ることもある。

でも全員の目指す先が同じだから最後まで走り抜けて最後に笑顔で肩を組める。

こういう現場に居られることが幸せ。

この空気が好きだからやめられない。

今回の放送でスタッフのカッコよさ、スタッフが全てだとを知ってもらったら何より。

山は誰のもの?

山は皆のものであるけれど誰のものでもないと思います。
.
自然をコントロールしようとするのではなく
謙虚に向き合い受け入れ
そこで会った仲間と楽しさを厳しさも共有し
そして感謝をして後にする
.
体力があるから登山が得意
スキーが上手いからバックカントリーが得意
そうでない事を改めて噛み締めます。
.
僕はローカルの皆さんのようなレベルではないけれど、自然の厳しさ、そして素晴らしい魅力を等身大で感じたまま伝えていければ。
.
これから自然を楽しもうと思っている方が最初に嫌な思いをして自然から遠ざかってしまわないように。
アドバイス、お手伝い出来ることがありましたらいつでも。
.
お時間がありましたらこちらをお読みください。
谷川岳の安全を守る山岳警備隊の方のメッセージです。

スキーを持つということ

これからスキーの売上を短期的に上げるプロモーション選択肢としてレンタルで済ませているスキーヤーがあると思います。
.
スキーの楽しさは知っている、でも最近のレンタルのクオリティは高いから買うまではいかない。
そんなレンタルスキーヤーに向けてのプロモーションが必要だと思います。
.
現状はスキー雑誌に、「かっこよさ」と「スペック」が理解できるスキーを熱烈に愛している人向けのプロモーションだけになっているような気がします。
.
今ある予算のなかでその方がROIが目の前の数値として出るからそうなってしまうことも充分に分かるし、なにより大切だし続けていくべきです。
.
ではスペックまで詳しく理解できない、そしてスキー雑誌を読まないレンタルスキーヤーがどう購買に至るか。
そのきっかけの大切な要素として「別の所有欲」だと思います。
.
年に数回しかいかないスキーのためにこれだけ高いものを買う必要性が彼らには感じられないから買わない。

スキーを愛する人たちは「道具としての所有欲」
レンタルスキーヤーは「物としての所有欲」
このセンサーをくすぐってあげなくてはいけない。

スキーのデザインってこんなにかっこいいんだ
スキーやブーツを部屋に飾りたい
かっこいい人って割とスキーやっている人多いよね
スキー業界のセンスて面白くね!?

道具として以外のスキーを持つことの価値を伝えていくことが大切だと思います。

昔のポスターは全裸のねーちゃんがスキーブーツを履いてて、意味が分からなくもスポーツのジャンルを超えたスキーの楽しさやワクワクがあった。

一時期、ドラマのヒロインの部屋には決まってラクロスのスティックが飾ってあったように、主人公の部屋にはスキーが飾ってある。

そんな時代が再びやってくるように。
というか、そんな時代を自らの手で作るように自分のできることをひとつずつやっていければ。

思い出の築地市場

明け方3:30から築地市場をぶらぶらしてきました。

学生時代はたまに行くくらいでしたが会社員だった14年くらい前は職場が近くだったということもありいつも通っていました。

築地食堂で上司たちと昼食をし
上司が来なさそうな愛養でサボり
寒い時期は鳥藤の水炊きで温まる
退職する相談をしたのも築地市場ででした。

そして今でも近くを通ると築地市場に立ち寄り、
魚屋の衣裳として業務用の前掛けをいただいたこともありました。

松乃鮨の手塚くんには場内を案内していただいたり、日本橋三四四会の若旦那の皆様とのご縁を作っていただき、そして三越のきものイベントでご一緒させていただくことが出来たのがなによりも大切な思い出。

それからは愛養に立ち寄ると若旦那の皆様と遭遇しておしゃべりするのがとても嬉しい時間でした。

そんな場内市場も今週末で移転です。

明け方だと市場は活気づいていて、一般の方々は少ないので(寿司大と大和寿司以外)色々思い出しながら少し歩く。
ここを仕事場にしている方たちも記念に写真を撮っていたりして活気と寂しさが相まった空気が流れていました。

あと1回は愛養に行きたいな。

それにしても早起きは1日が長い!
帰宅してひと作業終えてまだ午前中でこれから仕事。




“観に行く”という文化

スワローズvsドラゴンズを観に神宮球場へ。

5点差ビハインドのスワローズが青木の3ラン、そして雄平の逆転2ランで追い越して勝利!(1枚目が雄平がホームランを打った瞬間の写真!)
とても楽しい夜でした。

以前にスポーツマネジメント会社で働かせていただいて、そして今、役者業をしていて思うのは、日本は“観に行く”という文化がなかなか根付かないこと。

教育からはじまった日本のスポーツ。
学校の体育館だって客席がある海外とは違い、スポーツを観る場所ではなく教える場所なので客席がない。だから学生時代から「昼休みに昼食しながらスポーツを観る」こともないし、試合の集客が出来ない。だからレベル問わずスポーツを観て楽しむということが根付かない。

スポーツ観戦は、そのスポーツを観て楽しむことが目的だけじゃなく「手段」であっても良いと思います。
家族と一緒に過ごす時間をつくるため、友達とワイワイ騒ぎたいから、デートの選択肢として。その手段としてスポーツ観戦。

僕自身もスワローズの熱狂的ファンという訳でもなく、広い空の下でビールを飲みながら野球を観られる神宮球場が好きだから。
それにハマって一昨シーズンくらいからちょくちょく通っています。
だから選手の応援歌も今でも覚えていない。でも無茶苦茶楽しい。

「ルール詳しくないし」「今まで行った(やった)ことないし」

よくあるエクスキューズ。
だったら尚更経験してみなきゃ!っていつも思う。

誰だって最初は何も知らないし、初体験。
真面目で事前に完璧に準備しようとする人が多いけれど、まずそこに飛び込んでみることで、新しい発見や最高の楽しみを見つけることができるんじゃないかなと思います。

2020年に向けスポーツを観る楽しさを知ってしまってはいかがですか?

これからが大切

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舞台『反逆のワイドショー』
まもなく最終公演がはじまります。

この日を迎えましたが達成感がありません。
悔いがあるとか不完全燃焼とかそういうことでは全くなく、勿論出来ることは全部やってきました。

この公演に参加するということは、ただ役者として演じるだけではないのかな思います。
東日本大震災というテーマを扱うことは、それと向き合うこと、そして伝えることの意味を責任を背負うことが必要でした。

この公演が終わってからが大切です。

また忙しさにかまけたり忘れたりするかもしれませんが、この作品を通じて自分の奥底にずっとあり続けるんだと思います。

観てくださった皆様の心の奥に少しでも残り続けてくれれば。

それでは行ってきます。