学習院大学輔仁会スキー部のコーチとしての財産

母校スキー部のタイムレース応援に行った。
やはり後輩は無条件で応援したくなりますね。

その後、現在コーチをしている後輩とお茶。
彼の現役に対する熱い気持ちを感じてそれがなんだか心地良かった。

以前その後輩から
「以前タムさんがコーチしていた時、◯◯(当時の現役部員)と建物の影で一緒に泣いているの見ちゃいましたよ。」
と言われた。

僕は3年くらい前までの約10年間、アルペンコーチをやらせてもらいました。
現役時代と合わせて多くのスキー部員と関わった。
体力も走力も手本にならない僕は、ただただ一人一人の話を全身で聞くようにしていた。

手紙を送ってくれる後輩
飲みに誘ってくれる後輩
失恋で立ち直れない時に電話をくれる後輩

今でも当時のことを思い出して伝えてくれたり連絡くれたりするってことは何かを感じてくれたんじゃないかなと。
今になってこうやって昔の話を聞くのは良いことも悪いことも嬉しい。
後輩たちからもらったメールは大切に残してある宝物です。

僕自身は現役たちに何を与えらたのかは分かっていないけれど、それによってスキー部を4年間続けてくれたり、社会人になって活かしてくれたり、スキーを続けてくれているのなら最高に幸せです。

高校球児の笑顔と城彰二の笑顔

甲子園終わりましたね!
開会式で参加校一同が並んで行進するのを見ると毎回涙が出てしまいます。

今回も多くのドラマが生まれ感動させてもらいましたが、ちょっと思ったことがあったので綴ります。

たしか開幕してから2日目か3日目の試合、
得点圏にランナーを置き一打同点のチャンス。
しかしバッターの凡打、ゲッツーでランナーが残塁。
バッターが笑顔でベンチへ走り戻る。

勿論相手のプレーによってはアウトになっても笑顔(苦笑い?)が出てしまうことはあると思います。
しかしあのチャンスであの凡打でこの笑顔、違和感を感じた。「ここで笑顔なんだ」と。

「これが甲子園の素晴らしさ」という意見もあると思いますし、それを否定する気は全くありません。
スポーツは興行です。観る側がそれぞれの価値観で観てそれぞれの感情が起きるもの。

以前、98年フランスワールドカップ(サッカー)で城彰二選手がサポーターに「国を背負っているのにシュート外して笑ってんじゃねえ」と激怒され成田空港で水をかけられた事がありました。

何が違うんだろう。
どちらも同じスポーツで、どちらも同じ大切な試合。

じゃあ甲子園は国を背負ってないから笑って良い?
笑顔の質が別?
違いますよね。

「文武両道」という言葉があります。
調べると
「文事と武事、学芸と武芸、その両道に努め、秀でていることを指す語。」
と書いてありました。
「両道」に努めることであり「同一」ではないのです。

校という教育機関内で行われているスポーツだから考え方や物事の捉え方を一緒くたにしてしまっているのではないでしょうか。
「甲子園は人間育成の場だから」という意見は正しいと思います。
そもそも日本スポーツは教育が派生したもの。ですので学生スポーツは「スポーツを通して教育する」という観点なのだと思います。

僕自身も10年ほど大学の体育会スキー部のコーチをしていました。
卒業後もスキー選手としての生活を目指す部員は皆無に等しく、僕もコーチとして「卒業後に社会人として魅力ある人間にする」という気持ちで向き合い、キツいこともさせたし理不尽な環境も与えたりしました。

だからこそ感じるのが現状の日本学生スポーツのアスリート育成としての限界です。

文武両道を否定しているわけではありません。
むしろ学生スポーツにおいて大切なことだと思います。
ただ文武両道を目指すにあたって文と武を育てる側がそれぞれのノウハウを持って進めていかなくてはいけないのではないかと思うのです。

学校にも専門のコーチ、トレーナー、ドクターがいればどれだけパフォーマンスがあがるか。

その中で
「選手自身が文と武の共通項を感じ、スポーツを通して魅力ある人間になる環境がある」
それが学生スポーツの素晴らしさなのではないでしょうか。

結局は心の中。笑顔だろうが悔し顔だろうが心の中がどうなのかは僕たちは分からない。
だからこそ僕たちは想像し、自分の気持ちを選手に投影し、感情を出して必死に応援します。

スポーツにおけるパフォーマンスは体力や理性や頭脳だけではありません。スポーツ人生において起きた感情が大きく作用することもあります。

悔しさを全身で表現して良いのは最後のバッターと試合終了後だけ。
そんな雰囲気をぶち壊してもっと自分の感情のまま素直に一喜一憂するギラギラ熱い高校球児を見てみたいです。

自分って

ブラックボックス展

「楽しい」「つまらん」「綺麗」「キモい」

全ての形容は主観であり

誰からも侵される事はない。

同じように自分がどのように形容されても

それは自分の意図や直接間接関係なく

自分自身が思わせた結果であり

人の数だけ「自分」がいる。

じゃあ自分って?

放置自転車

Abandoned bicycles from KOJI TAMURA| actor | director on Vimeo.

近所の放置自転車集積所。
持ち主が引き取りに来なくスクラップされる自転車も多い。

日本は年間1900万〜2300万トンの残飯を出す世界一の残飯大国。
年間食料の7割にあたる5800万トンを輸入しているにもかかわらず。

物が豊かになることと、心が豊かになることは違う。

便利をとことん突き詰めていく現代。それで得るものもあれば失うものもあることを理解した上で感謝して利用することが大切なのだと思います。そして「不便」と「不自由」は違うことも。
だいぶ前に書いたブログですが読んでいただければ幸いです。

「色」と「彩り」

落ち葉のような僕の秋

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この雨で東京の秋は終わりかな。
水に浮かぶこの落ち葉のように、僕にも多くの色の葉が舞い降りた秋でした。
鮮やかな色もあれば燻んだ色も。
ただその全ての葉は土に還り、樹々の根が受け継ぎ成長していく。
樹々と違って自由に動けるけれど、そのかわり見えない自分の根をしっかり見つけなくてはね。

過去と未来と

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親が長く付き合ってきた鞄。
僕がこれから長く付き合っていく靴。
過去も未来も、そしてその間にある僅かな今も大切に。

そのひとつひとつの間に

7月博多座公演「梅と桜と木瓜の花」。
この作品で筆頭家老を演じました。

筆頭家老といえば家老の中でも最高位。
年配の方が演じることが往々にしてあります。
かつら合わせで少し白髪を入れようということになりました。

「年老いた人を演じる」
今までほとんどやったことのない経験。色々試行錯誤をした。
その中のひとつとして「ゆっくり話すこと」。
だけど何度ゆっくり話してもどうもしっくり来ない。

その時気づいた。
僕は「ゆっくり」話しているんだ、と。

言葉の一文字一文字の間を伸ばしているだけ。
その間には何も無い

年配の方の話し方がゆっくりなのは、ゆっくり話そうとしているのではない。人生、生き方、経験がその一文字一文字の間に満たされて「結果的に」ゆっくり話している。

年配の方はゆっくり歩こうとしているのではない。
体力や筋力、そして僕には到底及ばない多くの人生や経験がその一歩一歩の間に詰め込まれていて、第三者は「ゆっくり歩いている」ように見えるのだ。

「ゆっくり」ていうのは客観的な視点に過ぎない。
彼らは一生懸命話しているし、一生懸命歩いている。

僕は客観的な視点を演じようとしていた。
だから僕は筆頭家老・沢木一馬の人生を考え、仕える殿・黒田継高との人生を考えた。
その結果、セリフの一文字一文字の間に人生を埋めることができればスピードはある程度気にしなくて良いと思った。

ここで演技論を書きたいわけではなく、
世の中にある形容詞は客観的な価値だということ。

薔薇を「美しい」と思う人もいるし、毒々しくて「怖い」という人もいる。

その一人一人の価値観は誰に冒されることはないけれどあくまで客観視に過ぎず、その価値観をその対象に安易にハメ込み、否定・肯定するのは怖い。

それと同時に、自分自身がどのように見られてもそれは否定できないということ。
役者だけでなく人はみな、他人の価値観によって評価されていて、その全てが自分自身だと思っています。100人友達がいれば100人の自分がある。

「田村ってかっこいいね」という人もいれば「顔が濃くてキモい!」という人もいる。
「親が有名人で良いね」という人もいれば「大変だろうね」という人もいる。

20代まではそれを受け止めきれず「僕はこういう人間だ!」と必死にアピールしていたけれど、今はようやくその全ての評価は全部自分が思わせていると思えるようになり、全てを受け止め、認めて、笑って応えられるようになった。

客観視にすぎない、されど客観視。

だから、
自分を誰に合わせるなんて必要はないし
自分がこういう人間だなんてアピールする必要もない

ただただ、今を一歩一歩一生懸命過ごすこと。

それを人が評価してくれる。
そしてその評価は良くても悪くても全て本物。

またそれを全て受け止めて、認めて、
また一生懸命過ごす。

その結果、
僕の発する言葉一文字一文字の間に
僕の歩む一歩一歩の間に
自分の人生や経験が溢れていればいいな。

今だから分かる

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大学スキー部後輩の結婚式二次会。
三次会はスキー部の思い出話ばかり。

理不尽な上下関係
根性トレーニング
悔しくて泣いた事

今となっては笑って話せ、経験して良かったと心から思える。
だから今もこうやって会える。
最高の4年間だった。

30代最後の歳

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昨日誕生日を迎え39歳になりました。
たくさんのメッセージありがとうございます!

誕生日を舞台稽古で過ごせるなんてなんという幸せ者。

30代最後の歳。
経験値と体力がちょうど噛み合う熟成期だそうです。
38歳はドラマの監修、活動写真弁士、そしてショーモデルなど多くの新しい経験と出会いがありました。

全てに感謝して30代の有終の美を飾り、40代への最高の助走として駆け抜けたいと思います。

稽古に入ると他に手がつけられなくなってしまう性分ですのでメッセージへのご返信が少し遅くなると思いますが必ず致しますのでお待ちください。

皆様にとって良き夏を!

Work Hard, Play Hard!!

客観的時代劇から主観的時代劇へ。

NIKKEI STYLE
4K時代劇、リアル探る 今夏にもBSで試験放送 独特の質感や色 新たな撮影手法』

時代劇も4Kへ。

歴史を感じさせるくすんだ映像から鮮明な映像への転換は不安視する意見もありますが時代劇の新しい可能性が生まれるはず。

意図的かどうかは別として、古惚けたように見せる従来の時代劇は視聴者がどうしても「古い時代を見ている」という客観的視点で見てしまう。
しかし鮮明な映像にすることによって現代劇のように「その場にいる」と感じさせる主観的視点で見させる事ができるのではないでしょうか。

スポーツの魅力を知ってもらうには実際に観にいくことが一番と思っている僕としては時代劇も実際に江戸時代に来てもらうことか一番だと思っている。
その一例として「太秦江戸酒場」という素晴らしいイベントがあり、それに参加させていただいた事は自分の時代劇への思いをより一層強くさせ、考え方を改めさせられました。

客観的時代劇から主観的時代劇へ。

4Kで撮ったことに意味があるのではなく4Kだからこそ伝えられることを考えて撮っていく。

衣裳、メイク、かつら、セットは今まで以上に大変な作業と技術の進歩が必要になりますが、映像の時代劇もとうとうその領域まで行けるようになったと希望を持って挑むことが大切なのかなと思います。

そしてその次には未来からからやってきたVRという新技術とのリンクと融合へ続き、新・時代劇への幕開けとなっていく。

もちろん役者もより一層の演技・所作・立ち居振る舞いを。
より一層精進致します。

目は生きているか

「目は生きているか」

制作会社に転職した26歳。
まずは現場を知れということでNHKに出向し映画番組のADを担当することになった。

みなさんが頭に浮かぶADのイメージってあると思いますが、それを見事に裏切らず毎日毎日ディレクターの手となり足となりヘトヘトになりながら働いていました。

「この番組が終われば本社に戻れるから」
その言葉を糧にして、早く本社に戻りたい思いながら頑張りようやく終わったと思ったら「次もよろしく」と言い渡される。その繰り返し。当時は気も心も滅入っていた。
だけど上司やディレクターに絶対負けないと思いながら全力で頑張ってきた。

1年半〜2年が経過し現場から離れて念願の本社業務。
綺麗なデスクと充分な睡眠時間を与えられた僕は毎日楽しく仕事をしていた。

それから半年程過ぎたある日。
NHKで働いていたときの上司と飲むことになった。

「田村、今のお前は目が死んでいるぞ。現場にいた頃のあのギラついた目じゃ無くなっている。お前は現場にいた方がよい。」

色々な角度から金槌で殴られたようだった。

また現場に戻されるんじゃないかということ
そして今の僕を上司は見抜いていたこと

これほどの衝撃を受けたのは恐らく自分の中の片隅にある言葉に出来ない感情、そしてそれを言葉にしたらとんでもないことになるんじゃないかと感じ見て見ぬ振りをしていたことを一発で見抜いて言葉にされたからだなと今になって思う。

その時は現場に戻りたくない一心で黙ってやり過ごしたような気がする。
だけど上司の言葉はずっと消えなかった。

「目は生きているか」

あれから11年間、本番に挑む時、壁が立ちはだかった時など事あるごとにその言葉を自分に言い聞かせている。

先日、その上司とそれこそ10年以上ぶりに飲むことになった。

飲みはじめて30分が過ぎた頃。

「そういえば一度だけ田村と飲んで説教したことあるよな」

と、11年前のあのことを話した。

思わず泣きそうになった。
上司はプロデューサー、ディレクターとして何十年もテレビ業界の第一線で戦い続けていて、関わったADなんて何百人では足りないくらいいるはず。
なのに短い期間しか関わっていない僕とのあの一夜を、そして話したことを覚えてくださっていた。

本当に嬉しかった。

今の僕の目は、大学スキー部の4年間、ADをしていた2年間、沢山失敗し、もがきながら先のことなんて考える余裕もなく、目の前の事に全力でぶつかることしか出来なかったあの時期によってできているのだと思う。

人生は全て「知らない」と「はじめて」からはじまる。

成功したことより失敗したこと、得たものより失ったものから学ぶことができる。だから恐れずに具体的に行動して具体的に失敗し続けたい。

そうしているうちは目は生きているはずだから。

半径5mの真実

100m先で立っている人と土下座しようと屈んでいる人。実は靴ひもを直してあげようとしている瞬間だったのかもしれない。
100m先の目視でさえもこのような事が有り得るのだからネットの世界は尚更。情報過多の中しっかり見極めなくてはね。
自分の半径5mの中の真実があればいい。

続けること

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ゴールデンウィークの田村家の恒例イベント、「こどもの日」。

小さい頃から毎年欠かさず五月人形の前で父親と写真を撮るのです。

今年は簡略化してこんな感じ(笑)

父は新聞紙を折って作った兜。
僕は先日買ったpocのスラロームヘルメットの上に小さい兜。

昔から季節の行事を田村家は大切にする。
昔は恥ずかしさもあり嫌々やっていたけれど、この歳になってずっと続けてくれたことに感謝。1年でもやらなかったらそれで終わりだもんね。

だから続ける。これからもずっと。

自然は美しく、強い。

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タイのランタ島で見た夕焼け。
自然は美しいと同じくらい怖い。僕は怖いからこそ自然に出向き、楽しみ、触れ、そして学ぶ。
街の外に自然があるのではなく自然の中に街がある。見て見ぬ振りせず自然と向き合う事が大切だと思います。

地震の影響を受けた皆様のお身体と心が少しずつでも癒されますよう。

急がない時間

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沸騰するのをゆっくり待って
珈琲が落ちるのをゆっくり待って
ゆっくり呼吸をしてゆっくり啜る
心がゆっくりとなる

急がない時間をつくることはとても大切

強いメンタルとは?

「メンタルを強くする」という言葉にいつも違和感を感じる。
もしその言葉に当てはめるなら、僕の周りのメンタルが強い人は、自分のメンタルが弱い事を認めて受け入れている人ばかり。
養成所の講師に「カッコ良い人はカッコ悪い部分を見せられる人」という言葉が思い出される。

五感の記憶

先日行ったスキー場のトイレの匂いが小学校低学年の時に行っていたスキー合宿のペンションのトイレだった。

五感の記憶って脳の記憶を凌駕する。

本年もありがとうございました

2015年

今年は役者という立場で「太秦江戸酒場」にて無声映画活弁上映、WOWOWにてドキュメンタリー番組を企画し新しい扉を開くことができました。
役者としても2年ぶりに舞台を演ったり、弁士として祖父の映画を説明したりなど充実した1年となりました。

2016年

既に今月から準備を進めておりますが1月から連続ドラマの撮影が入り、これもまた役者としてだけでなく別の立場としても光栄な関わり方もさせていただいています。

みなさんにとってはどんな2015年だったでしょうか。
笑ったり泣いたり怒ったり。全部があるからこそ素敵な日々なんだと思います。
2016年もみなさんにとって喜怒哀楽のある素晴らしい日々となりますように。