あっちゃん

昨日はあっちゃんの披露宴。

僕とあっちゃんは親同士が学生時代からの友人、そして近所ということもあり記憶がある以前から遊んでいた。

近所といっても車で7〜8分かかるので子供の足では簡単に行けない距離。だから親が「小島家に行こうか」と言ってくれる日をいつも楽しみにしていた。

今回スピーチをさせて頂くにあたり、なんであんなに小島家に行きたかったのだろう。と改めて考えてみた。

そのひとつは、
そこに「家族の姿」があったから。

お父さんが仕事から帰ってくるのを待ち、家族全員で夕食を囲む。そして食後にお父さんはリビングで趣味のピアノを弾いて歌う。それを片耳に兄弟たちはテレビを見て笑う。

僕の父は舞台などが入ると1ヶ月以上家を離れることがあった。そしてひとりっこ。

温おじちゃまは僕を息子のように温かく見守ってくれて

みどりおばちゃまは悪いことをするとちゃんと叱ってくれて

おちゃくんは弟のように自転車で色々な場所へ連れてってくれて

あっちゃんは一人ではつまらないサッカーや野球で遊んでくれて

あやちゃんは兄のように慕ってくれた

僕が「家族」を感じられる大切な場所だったんだと思う。

そして、もうひとつ。

ふたりのお兄ちゃんがいたこと。

二子玉川までサイクリングは僕にとっては大冒険。ドキドキワクワクしながら二人の後ろを付いて行って、帰り道の高速道路下の空き地にあるエッチな本を見つけては騒いで。

他にもT-SQUARE、宮沢りえ、西田ひかる、ツインファミコン、EWI・・・たくさんの楽しいことを教えてくれた。

そんな幼少期から成長した今、会える機会は減ったけど、おちゃくんは僕の家の近くに来ると顔を出してくれて、あっちゃんは先日までやっていた舞台を観に来てくれた。

久々に会ってもやはり昔感じていたあの「家族の匂い」は健在だった。

昨日は親族席に座らせていただいた。

だからひとりの家族として今日のあっちゃんの晴れ姿を最後まで見届けた。

あっちゃん、朋子ちゃん、本当におめでとうございます!

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モレスキン

1日1ページのスケジュール帳にして毎日しっかり書こう。そして数年後に読み返して365日思い出せる年にできていたらなんて素敵なんだろう。
そう思ってモレスキンのデイリーダイアリーにした。

今年で6冊目。
読み返すとその日の出来事が、会話が鮮明に浮かんでる。

大丈夫、大切な毎日を過ごしてるね。

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ホテルオークラ東京

あと3日で終わるホテルオークラ東京の桃花林とオーキッドバーへ。

小さい頃から「お出掛け」といえばオークラ。
「役者をやりたい」と父に話したのもオークラ。

父も「半世紀通ったもんなあ」と感慨深げ。
家族3人で思い出を語らいながら最後のオークラを楽しみました。

どんな物でも本来、心を込めて作った良い物は永く呼吸をしているのに「アップデート時代」となった現代は乗り遅れることがなによりも不安で「未来」や「最新」という言葉に心を奪われる。

あるか無いかぐらいの遠い昔の記憶に残っているオークラ。それが今、目の前にもある。
だから皆に愛されたのだと思う。

本当にたくさんのありがとう。

過去があって今があるから未来がある。
その順番を忘れないオークラだからこそ次会えるオークラも楽しみ。

昨夜見たオークラの眺めの一片でもまた見る事が出来たら。3人とも涙するだろうな。

そしてまた思い出ばなしを。

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知らないことばかり

僕は幼稚園から大学まで同じ学校であり卒業後もその仲間と遊ぶことが多い。

38歳にして35年の幼馴染が沢山いる。
35年も一緒に過ごしているんだからそいつの事はなんでも知っている。
「あいつは◯◯な性格だから」と分かっているつもりでいた。

しかしある日ふと気付いた。

35年間の付き合いだとしても僕はそいつの人生の10分の1も知らない。
学生の頃は1日の大半を過ごしていたとしても8時間ぐらい。卒業してからは週に1回も会えない。
そう、全然知らないんだ。

そんな風に知らない部分を尊重して付き合うようになって、知らないところに興味を持ち、知ると尊敬し、より一層好きになり、今まで以上に楽しくなった。

目の前にある物事や人について知らないことを前提として向き合うことが今はとても楽しい。

かれこれ4年程住んでいる町。
周辺のことは大体知っていると思っていたが、つい先日素敵な公園を見つけた。
やっぱり知らないことばかり!
またこの町を好きになった。

僕たちは知らないことから全てがはじまる。

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誕生日

昨日誕生日を迎えました。

38歳

真剣にバカやって、笑いながら苦労して

謙虚に欲張り、ひとつずつ実現させて

両親から戴いた名前に恥じぬよう
幸せを多くの人に与える士(さむらい)になれるよう精進して参ります。

昨日は京都からの友人がやってきたので会いに行ったらわざわざお花を買ってきてくれていました。
美しいお花。美しい心。ありがとう。

そして夕食は実家で両親と食べたり

ゆで卵の殻を頭で割ったら温泉卵でとんでもないことになったり

幸先の良い38歳です。

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自然にできている

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群馬県菅沼のブルーバードカヌーで今シーズン初のカヌー。
最高の天気、本州第1位の透明度を誇る水、美しい新緑のカヌー日和!
そして今日は釣り人もいなく菅沼を貸し切り。

昼はプライベートビーチで七輪バーベキュー。
午後はカヌーの上でただただ何もせずぼーっと過ごす。

最高の1日。

水の音、鳥の囀り、葉が擦れる音。
人工の音が何もない。

日陰でシャクナゲが咲くのも、
遠くでコマドリが鳴くのも、
岩場でニジマスが泳ぐのも、
獣の骨が落ちているのも、
全てに意味と理由があって、

それは僕たち人間がなにも手を付けていない「自然」という世界で上手に輪を描いて続いている。それがいわゆる「自然に出来ている」。

我々が普段言う「自然に」はどれだけ自然なのだろう。

僕は東京という自然の無い「不自然」の中に生きている。
しかし大きく見ると地球という自然の中に街を作って生きている。だから自然と共存する大切さを知った方がいいなと思う。
それを忘れないように、たまには自然の中で自然に生きてみてはいかがでしょうか。

Bluebird Canoe HP

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スポーツと教育

スポーツを利用して教育するのではなく、
スポーツを通じて教育することが大切だと思う。

このニュアンスの違いを理解しないと、挨拶する・規則を守るなどを身につけるプロセスが逆になってしまう。

昨日のJリーグ、FC東京 対 松本山雅 の試合での出来事が話題になっている。→こちら

選手も観る側もその空間にいることによって学ぶことはたくさんある。それがJリーグじゃなくて息子の試合でも。

「観に行く」ことによって感じられる、得られるものの素晴らしさ、楽しさを肌で感じてくれる人が増えていけば日本のスポーツに「観に行く=興行」という習慣が芽生え、文化になると信じています。

開化堂

帰京日に太秦江戸酒場でご一緒させていただいた開化堂さんへお邪魔しました。

開化堂は明治八年創業の日本で一番古い歴史をもつ手作り茶筒の老舗。
銅、ブリキ、真鍮を中心として茶筒などを作られています。

私はブリキの茶筒を買いました。
ブリキは色合いの変化が30〜40年と一番長い。
今の私からだと70歳〜80歳です。
日々少しずつ深みを増し変化してしくこの茶筒を眺めながら私自身も少しずつ成長できるように。

6代目の八木隆裕さんが出てきてくださってお話を少し。

これは私の感想ですが、
道具というのは「今よりも便利に」と「今」を打破するために考えられ作られることから生まれているものがほとんどだと思います。
舞台などの表現も「現状に対するアンチテーゼ」をオブラートに包み、柔らかく、多くの人に伝わるためのものがあったりします。
しかし技法や精神を代々受け継がれていくこと、つまり「守り続けて」いくことによって「今」があります。
茶筒というひとつの対象物に「打破」と「守る」と矛盾したものを考えるだけでどれだけ大変なのか、そして更に両立させることにどれだけ苦労を要するか。

今回の太秦江戸酒場を創り上げたみなさんは、その葛藤から目をそらさず受け入れたからこそ、「終わって欲しくない今日」と「早く訪れて欲しい明日」を愉しみ、創作・表現し続けていらっしゃるのかなと思いました。

最後に茶匙に名前を入れて頂きました。
買った年(二〇一五)も入れて貰えばよかった。。。

お店の中に入って美しい品の数々を観るだけで身体の中にたくさんのエネルギーが入り込んできます。
京都へお越しの際は是非。

八木さん、ありがとうございました!

http://www.kaikado.jp

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出す、ということ。

「出す」ということ

先日、ビューティーサロンで働いていらっしゃる方と化粧についてお話した。
その方曰く、
「化粧云々よりもまずはクレンジングが一番大事。出すものを出さないと入るものも入らない」
と。

それを聞いて、僕の身体を診てもらっていた方のお話を思い出した。

呼吸。
「呼(息を吐く)」してから「吸う」。
息を出せるところまで出し切れば、「吸おう」としなくても身体の力を抜くと勝手にたくさんの空気が身体の中に入ってくる。
「出し入れ」などどの言葉を見ても「出す」ことから始まる。

まずは出すことなんだと思う。

情報、物などなんでも自分のモノとして抱え込みたくなる現代。

以前書いたけど「知らないことは不安ではあるが不自由ではない。むしろ頭の中が無限になる」。

恐れずに自分が抱え込んでるモノをを手放す事によって新しいモノがぐんぐん入ってくるんだと思う。
人間のキャパシティーなんて小さいんだから。

欲張らず謙虚に
抱えるものを少なくして
シンプルに生きる

そんな風になりたい。

自然がつくる絵

自然の前では人ってただただ無力で、それを受け入れて自然に身を委ねると自然が勝手に素敵な絵を作ってくれるんだと思う。

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想像力

色の情報を失った白黒の写真。
「どんな色なんだろう」と想像する。

目を閉じて音だけ聴いてみる。
耳を塞いで前にいるカップルの会話を見てみる。
そうすると頭の中は無限になる。

知らない事は不安だけど不自由ではない。

この店は美味しいのか、
好きなあの子は今、何をしているのか、

食べログに頼らず、
SNSに頼らず、

飛び込んでみたり、
想いを馳せたり、

そんな時があってもいいと思う。

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なりたい。

失敗と過ちは違う
繊細と脆いは違う
自分を許す事と自分に甘い事は違う
考えると悩むは違う
前を見るとポジティブは違う
自分に正直である事と思うがままに行動する事は違う
取り入れる事とブレる事は違う
強くある事と頑固は違う

だから
過去の自分と向き合って悶絶し、
自分を許し、
失敗を糧とし物事をしっかりと捉え考え、
今立っている向きの前方を見つめ、
そこで感じた事を認め、
周りのすべてを受け入れ包み込める。

それが強い人間なんだと思う。

ITの使い方

木々の呼吸に合わせながら、やるべき事を整理。
室内のデスクよりも落ち着き、アイディアに溢れとても捗る。

都心にこんな素敵な自然があるんだから30分でも過ごしてほしい。

社員が個々のデスクを持たないフリーアドレスのオフィスが増えているなら、更に会社を抜け出しこういうところで仕事すればいいのにね。

スマホ、PC、クラウド技術の成熟はここで活かすべき。

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変わる

文化が変われば服装も変わる。

服装が変われば動きも変わる。

動きが変われば体型も変わる。

体型が変われば声も変わる。

過去を演じるうえで考えなければならないこと。

表面を変えるだけでは奥行きが出ない。

言い聞かす

「自分の意志は声に出さないと相手は気付いてくれないぞ」
と自分に言い聞かせ、
「相手が言いづらいことを気付いてあげろ」
とも自分に言い聞かす。

よりも

メールよりも電話。
電話よりも会う。

たけどその前に、手紙。

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「敵を敵と思ってるうちは敵に勝てない」

それを心の深いところで分かると嫌いな人がいなくなる。

そして周りから敵がいなくなると勝つ必要が無くなり心が穏やかになる。

鶏が先か卵が先かは置いておいて、
まずは自分から心を開くこと。

そこから平和ははじまるんだと思う。

#LOVEANDPEACE

始発列車

早朝の電車は面白い。
昨日の余韻を生きる人。
今日を生きる人。
ふたつの時間が流れている。
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洋服屋での疑問

ずっと思っていたことなんだけど、洋服屋さんでマネキンが着ている洋服の後ろをピンで留めてシルエットを細くしている場合がある。

以前、マネキンが着ていた服に一目惚れし買ったものの着てみたらシルエットがイメージ全然違った。

マネキンに服を着させて展示をしているのは、その服を、そのコーディネートを提案しているということだと僕は認識してます。

じゃあピンで留めて着ることも提案しているということ?
もしそうじゃないのなら、それは服の特徴や魅力を歪曲させていることになるんじゃないかなと思ってしまいます。

その事を服を売るプロはどう思ってやってるんだろう。
服のデザイナーは店舗で自分の服がピン留めされていたらどう思うんだろう。

業界の事も全く知らないひとりの客としての意見。
他に理由があるのなら知ってスッキリしたい!

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