1年って。

27日、Mr.Childrenのコンサートに行ってきました。

タイトルは『SUPERMARKET FANTASY』ですが、5月に行ったコンサートとは内容は全く違いました。

今回は、Mr.Childrenのデビュー20周年ということでセットリストも今までに無い感じ。今まで行ったMr.Childrenのコンサートの中で一番良かった。

間延びすることなく最後までずっと突き進んだ。 MCもシンプルで短く、歌に満ち溢れた2時間30分ちょっとだった。

それにしても桜井さんの唄は伝わるね。

会場の大きさなんてまったく関係ない。 どこにいても伝わる。

アンコールの前、大きなスクリーンに映像が流れる。 そしての映像から繋がる歌。

涙が自然と流れていた。

新曲、「365日」。

今年の年賀状を書くときに 「素敵な1年になりますように」 と書いた。

1年って1日が365回の積み重なってできあがる。

「素敵な1年」なんて漠然なことよりも「素敵な365日」の方がイメージできる。

1日1日大切に過ごしていきたいと思った。

Mr.Childrenのコンサートに行くと、毎回自分がほんの少し成長して家路に付いているな、って感じる。

あとは行動できるか。だね。

-set list-

01 声(1番まで)

02 ラブコネクション

03 DANCE DANCE DANCE

04 worlds end

05 HANABI

06 ロードムービー

07 風と星とメビウスの輪

08 ALIVE

09 LOVEはじめました

10 MONSTER

11 ニシエヒガシエ

12 CANDY

13 Simple

14 Drawing

15 彩り

16 fanfare

17 箒星

18 名もなき詩

19 エソラ

20 声

21 終わりなき旅

-encore-

22 365日

23 and I love you

24 GIFT

※壁紙つくってみました(1280 × 800)

飛んでいく。

「仲間ってどういうこと?」
って聞かれたことがある。
そのとき僕は、
「例えば誰かが風邪で寝込んだとしたら、どこからでも飛んできてフルーツの1個でも持ってくることができる人達」
って答えた。

もちろん僕らの周りは30歳を越えて、仕事があったり家庭を持ったりで実際に飛んで来れなかったりする。
だけどそういう思いがある相手ならば、遠くにいても不思議とそいつを雰囲気ではなく感覚的に感じることができる。
その感覚が「絆」なのかなぁ、と思う事があった。

今回は、幸いにも実際にかけつける事ができた。
友人であり、以前は同じ目標を目指すパートナーだったアルペンスキー選手の皆川賢太郎。
彼は普段ならこの時期はヨーロッパで国際大会を転戦しているはずなのだが、来年に迫ったバンクーバーオリンピックで勝つ為にあえて帰国して国内大会に出場することにした。

その大会の前に、彼の実家がある苗場でプライベートトレーニングをすることになり「25日から手伝って欲しい」というメールが来たのが19日。タイミング悪く、僕の引っ越しが23日からで引っ越し業者が26日と27日にも来る予定。しかしどうしても行きたい。彼がどういう気持ちで日本に帰って来たかは本当に理解できる。プライド、他の出場選手に対する思い。
賢太郎は2度膝の大怪我に遭い、1度目の復活の兆しが見えたのがプライドを捨て国内大会に出場したときだった。
前回と今回は少し状況が違うけれど大きな決断をした。何ができるか分からないけれどどうしても彼のそばにいてサポートをしたかった。
母親に事情を話すと、気持ちよく「いってらっしゃい!」と笑顔で言ってくれた。
母親も心から賢太郎を応援するひとり。この引っ越しで一番大変なのは母親なのに嫌な顔をせず見送ってくれた。
感謝してもしきれない。ありがとう!
26日まで一生懸命引っ越し作業をして、その深夜に苗場に入った。

翌朝、部屋を出ると目の前で賢太郎がストレッチをしていた。年末以来かな?
久々に交わす握手。そして「来てくれてありがとう」という言葉。

今回のトレーニングを手伝いに来た吉岡大輔や桑本旅人とも再会。早速早朝からスキー場に向かう。
今回は苗場スキー場のご好意で、コースの一部を閉鎖して賢太郎の為にコンディションの良い状況を前日の夜から作ってくれました。

そしていよいよトレーニング。僕も一緒に滑らせてもらうことに。
どうやら人がたくさん滑って、滑って溝ができて滑りにくいコースのトレーニングをしたいとのこと。
ってなワケで滑らせてもらいました。
佐藤譲さん(元全日本チーム)や武田力(ジュニアオリンピック優勝)も駆けつけて一緒にトレーニング。
スキーに詳しい人なら分かると思うけれど、錚々たるメンバーなのですよ。

そんな中に僕(笑)

しかし、こんな素晴らしい環境とメンバーでトレーニングできるなんて恐らく最初で最後なので、思いっきりエンジョイしちゃいました。

コースの使用は午前中なので、昼には賢太郎の実家であるハイジに戻ってランチ。そして夕方はコンディショントレーニングでフットサル。夜はビデオミーティング。なんとまあ健康的で充実した一日。
この数週間はここ最近では無いくらい忙しかったので、自然に囲まれて僕自身も良いリフレッシュだった。

後半は週末でお客さんも多かったので部屋を移動して賢太郎と相部屋。
一緒の部屋で寝るなんて本当に久しぶり。やはり東京でゴハンを食べながらとでは話す内容が違う。
お互い肩の力が抜けて、馬鹿なことや心から感じていることが口から出てくる。
疲れが溜まってきて寝るのも早い。

3日間一緒に滑らせてもらったが、それぞれ雪の状況などが変わっていて賢太郎にとってバリエーションに富んだ良い練習ができたと思う。
そして僕は1日の夕方に東京へ戻った。
賢太郎やその仲間と別れるとき握手をした。
みんなの握手には気持ちがいっぱい詰まっていた

そして昨日、賢太郎のブログに第1戦で優勝したとの報告があった。
そのブログには賢太郎の心境が丁寧に書かれていた
読みながら涙が溢れた。賢太郎のブログを読んで泣くのは2回目。賢太郎は本当に強い。心から尊敬できる。

そして今日、大会結果のサイトを見たら優勝!目標どおり2連勝。
まだまだ大会は続くから気を緩めずに頑張って欲しいなぁ。
バンクーバーまであと1年を切った。
諦めない限り道は続く。
賢太郎が諦めない限り、僕も諦めずに応援を続ける。そしてどこへでも飛んでいく。

そう思える仲間がいる僕は幸せだなぁ、と感じました。

『昭和の男』と『平成の男』

昭和の男。

イメージ的には、「硬派」「真面目」「義理人情」とかかなぁ。

なんか人間的に厚みがあって、それでいて暖かい感じ。

今でもそんな人に憧れる。「僕もそうでありたいな」と。

僕は昭和52年生まれ。

そして現在、平成19年です。

ということは、平成になってから19年が経っているワケです。

とっくの昔に、僕は昭和よりも平成で過ごした時間の方が長くなっているのです。

最近気付いたんだけど、ビックリと同時にショックだった。

これって、『平成の男』になっちゃったってことかな?

なんか昭和の方が愛着があるんだよなぁ。「なんで?」って言われても答えられないけど。

『平成の男』って言われるよりも『昭和の男』って言われるほうが嬉しい気がする。

じゃあ『平成の男』ってどんなイメージかな?

「ケータイ」「IT」「投資」「セレブ」?

全然悪くないと思うけど、こうやって単語にして書くとやっぱり平成と昭和の違いを感じるかも。

最近、「あの頃に生まれて良かったなー」と思うことが多々ある。
ってか、最近の子供を見て「??」と思うことがある。余計なおせっかいだと思うけど(笑)

ディズニーランドにいるのに地べたに座ってNintendo DSをやってたりするんだよ!?ワケ分かんね。

まぁ子供が悪いワケじゃなくて世の中がそうしちゃってるのが大半だと思うけど、最近は「これは遊ぶモノ」、「これは勉強するモノ」といったように、既に「これで○○をするんですよ」って与えられてしまっていると思う。

だから子供たちは、遊ぶモノで遊ぶ事しかできないし、勉強するモノで勉強する事しかできない。そうだと世の中の人が全員同じような人になってしまう。

自分で動いて、探して、発見して、感じて、何かを得る。
そいういうプロセスが面倒だと思ったり、むしろ知らなかったりするのかもしれない。
色々なところに色々なヒントがあるはずなのに、それを見つけることができない

これって可哀想だ。

人から与えられるのを待って、そして100与えられたモノから最高でも100しか得ることができない。

前の日記の後半にも書いたけど、デジタル機器をはじめ全てのモノは、「利用するモノ」であると思っている。
「そこに何かがある」ワケではなくて、「それをどのように利用して何を得るか」だと思う。

モノを見て「どう感じるか」が重要で、それが「個性」であって、その色々な「個性」がぶつかり合うことによってたくさんの「ステキ」が誕生する。それができるのが『昭和の男』のような気がするなぁ。なんとなく。

同じ方向を向いた人だらけの世の中なんてクソッタレだ。なーんも新しいコトがうまれない。

近い将来、そんな日本になってしまいそうで怖い。

「平成」で飛躍的な発展を遂げた「ケータイ」「IT」「遊び」はどれも素晴らしいモノばかり。しかし、それぞれを同じ角度から見てしまっては「ケータイ」は「ケータイ」でしかないし、「遊び」は「遊び」でしかない。

「平成」というツールを「昭和」が利用する。

そんな男になりたい。

急所

こんにちはー。

前回のブログなんですが、内容が内容だけにコメントがゼロなんだろうなーと思ってましたが、意外や意外。たくさんのコメントやメールをいただきました。

特に女性からのコメントが多く、今や腸内洗浄はデトックスのツールとしてスタンダードになってきているのでしょう。

僕が「やってみたい」と書いたので、色々な方から「紹介するよ~」といただきました。ありがとうございます☆

てめえで書いたくせに、言うのもなんですが・・・

怖いです!!!!(泣)

だって、肛門(←失敬)ですよ。

マジな話、ウォッシュレットも今まで一度も使ったことありません。
そこだけは守りたいのです。(ワケ分からんがホントそんな気持ち)

僕は肛門を人間の一番の急所だと思っております。

だって、一寸先は内蔵ですよ。内蔵。

ずっーーと昔からいつも思うのですが、人間と肛門の関係は、遊園地やお祭りで良く見る、鬼の的当てゲームの鬼と的のそれと同じだなぁ、と。

              ↑こんな感じ

そんな思いを胸にしている僕が、そう簡単に腸内洗浄なんて!!!

あーこわい。

幼稚園や小学校にいた頃、「カンチョー!」とか行って指を刺したり(かなり勢いをつけて)してたけど、今考えると「なんて事をしてたんだ」と。完全にありえない。

今の僕から言わせればそんなヤツは人間じゃないね。

けど、ホントにやってみたいのです。腸内洗浄。

気持ちの整理がついたらやってみます。

それが来週か何年後か分かりませんが。。。

ゆっくりと暖かい目で見守ってやってください。

無事にやることができたら報告します。(聞きたくねーか)

では!!!グッド・ラック、俺!!!!

人生のバロメーター

ツイている。

ツイていない。

人生はこれの繰り返しだと思います。

絶好調が一生続くってことは無いのではないでしょうか?

では、この長い人生をどうやってサイコーなモノにするか。

それは、今、自分が「ツイている」か「ツイていない」かを見極めることなのかなぁ、と思う最近。

ツイていないときは、無理はしないで行動を慎む。

ツイているときは、その波に乗ってブっ飛ばして行く。

友人とかを見ていると、これを上手くやっている人はやっぱり強いなぁ、と。

では、自分が「ツイている」か「ツイテいない」かをどうやって知るのか?

これが一番難しい。

朝のテレビでやっている占いとかも、その一例だと思う。
けどねえ、テレビの簡単な占いってねえ。。。

『A型の今日のラッキーアイテムは、「猫のキーホルダー」です!!』

無理でしょ。
しかも、自分に会ったことも無い人にラッキーアイテムを言われてもね。

まぁ都合良く、結果が良いときは信じますが(笑)

そんな僕ですが、最近自分の「ツイている」と「ツイていない」のバロメーターが分かるポイントを見つけた気がする!!!

数日前から、ある症状が続いていて、昨晩から今日にかけて「ツイていない」ことが大量に押し寄せてきたのです。

仕事で必要だった書類が見つからなかったり

朝起きたら、カラダ全身がダルくて痛かったり

しまいには、仕事に行くために家から最寄り駅へ歩いて、ひょっとした事でしゃがんだら、きつくもない(むしろゆったりめ)ズボンの左足の付け根の部分が大きく20cmくらい破けてしまって、家に戻って履き替えることに。

ありえないっしょ。これ。

それで確信しました。

「あー。やっぱりあの症状は、ツイていない時期がやってくる前兆だったんだなぁ。」と。

その症状とは・・・

小銭です。小銭。

買物をしてお金を支払うときに、僕はなるべく財布の中の小銭を減らすように小銭を優先して使います。

例えば340円のとき。

100円玉が3枚あって10円玉が4枚あったら言う事なし!
見事に7枚の小銭が財布から無くなるのです。

しかし、こういうときに

100円玉が3枚あるのに10円玉が3枚しか無かったり。
10円玉が4枚あるのに100円玉が2枚しか無かったり。

「あと1枚足りない!!!」

こんな症状がしばらく続くことがあるのです。や、マジで続くんですよ。

今までを振り返ってみると、そういう時の後は「ツイていない」事が続いてたなぁ、と思った。

またこの症状がでてきたら、行動を慎んで安全に生活しようと思います。

もし僕が会計をしていて、小銭が1枚足りてなさそうな雰囲気だったら

「何が1枚足りないの?」

と優しく聞いてあげてください。そして1枚恵んでやってください。

そうしたら、「ツイていない」状態から逃れることができるはずです。

けど、この法則に気付いて良かったなぁ。

みなさんも、そういう症状を発見してますか?

認めてもらうことの大切さ

今日、「日本人のしきたり」という本を読み終えた。

この本は、昔から伝わる日本の行事や慣わしなどの由来や意味を紹介してくれる本。

今まで何気なくやっていた事の由来が色々分かった。

田村家は、こどもの日七夕などずっと続けている行事がいくつかあります。

「田村家として続ける」意味もとても大切だけど、本来の意味も知ることによって、各行事がもっと大切に思えてきました。

話を戻しまして・・・

この本を読んで、日本は「認められる」ということを重要な要素として考えられてたんだなぁ、って感じた。

例えば、

【氏神】

『地縁や血縁が大事にされた時代は、一番身近にいるその土地の神様に願いを託しました。それが氏神であり、鎮守の神でした。
現在でも行われいてる子どものお宮参りは、本来はこの氏神にお参りして、その土地の一員になることを認めてもらう儀式だったのです。』

【婚姻】

『昔の婚姻に「婿入り婚」という形があって、古くは「源氏物語」のなかでも書かれているように、男性が女性の家に通うというもの。「通い婚」「妻訪い(つまどい)」ともいわれていました。そして、女性方が公認すると婚姻成立の祝いなどが、女性方で行われていました』

『近世以降は、おもに新郎の家で婚姻の式が行われ、親戚・知人・隣人などを招いて披露宴が行われました。そして、翌日はとくに新婦のお披露目のために、新郎の親と新婦が、近所にあいさつをして回り、息子の嫁として嫁入りを認知してもらうというのが慣例でした。』

とか、他にも色々あるんです。

やはり、人に認めてもらうということは現代でもとても大切なこと。

しかし、

「人に認められなくても自分の信じた道を行けば良い」

という考える人も増えてきているのも事実だと思います。

これはあくまでも私見だけど、こういう考えってどうなのかなぁと思ってみたりもする。
それって責任の放棄ではないのかなぁ。

当たり前のことだけど、世の中って人と人が複雑に繋がりあって成り立っていると思う。
生まれてからずっと独りで生きている人なんて絶対に存在しない。

僕は、幸せなことに多くの友達・知人に恵まれた。
本当に魅力のあるステキな人ばかりだ。

以前、友達に言われた言葉がある

『こうじくんって、「男友達」じゃなくて「田村幸士」だよね~。なんか説明難しいんだけど、「男友達」って感じじゃないんだー。「田村幸士」って感じ(笑)』

とても嬉しかった。
「男友達」という大きなジャンルに入るのでなく、「田村幸士」という固有の存在として認められている。

僕はそんな大切な人たちに「田村幸士」として「認められたい」と常に思っている。

僕はたいした人間でもないし、何ができるワケでもない。
けど、多くはないにしても、僕と全く同じ「知識」・「繋がり」・「アイディア」を持った人物は世の中に「田村幸士」一人しかいないワケで、僕にしかできない何かがあるかもしれない。

こう書くと、おこがましいね(笑)

そんな威張った事ではないんだけど、大切な人たちが困っていて、僕が出きる事であれば可能な限り是非手伝わせてもらいたいと思っている。

「大切な人のチカラになる」ことによって「認められ」たらこれ以上の事はないと思う。

話ズレちゃうけど、彼女が出来たら僕は彼女の友達にたくさん会いたいと思う。
彼女の友達に認められて、やっと彼氏になれるような気がする。

なんてゆーのかなぁ。

彼女は彼女で色々な友達がいて、ずっと繋がりあって今までやってきた。

その繋がりを持つ彼女の彼氏になるんだから、その繋がりの人たちに僕を見てもらわなきゃいけないと思う。

これってはじめに書いた、昔の「認められる」に通ずるものがあるんじゃないかな?って思ってみたり。

「日本人のしきたり」を読むと、日本人は昔から「人との繋がり」「神との繋がり」を本当に重要なものとして、そしてそれを具現化するために様々な行事やしきたりができたんだなぁ、と分かった。

その心っていうのはとても大切だし、今後の日本人において本当に必要となってくるものだと思う。

認められるために媚を売ってる?

いやいや、んなこたぁしませんよ。
モロ「田村幸士」丸出しでございます。

そんな簡単に人の目なんて誤魔化せませんからね。
直球勝負でございます。

基本的に僕自身、「田村幸士」が大好きなもんで(笑)

電話をかけるときも

「どもー!たむらこうじです!」

ってフルネームで名乗っちゃうし。

だって

電話をかける相手には「たむら」っていう友人が何人かいると思うし、「こうじ」っていう友人も何人かいると思う。

「たむら」だけでもなくて「こうじ」だけでもない。

「たむらこうじ」。そんな固有の存在でありたい。

これからも「田村幸士」丸出しで行きたいと思いまっす。

なーんか、自分大好きブログになってしまった。。。

あくまでも本の感想なので。みんな分かってくれるよね???

「アスリート」から「人」へ

先日、友人とランチをした。

彼と僕は、以前同じ会社で働いていてスポーツ選手のマネジメントをしていた。
彼はサッカーの宮本恒靖を担当していた。
そして現在は新しく自分で事業を立ち上げようとしている。

こ:「そーいえば最近ツネと連絡とってる?」

友:「おー、よくとってるよー。」

こ:「このあいだ、何故かツネが夢に出てきたよ(笑)」

友:「なんじゃそれ?(笑)」

みたいな、他愛もなことを話してた。

当時の仕事仲間にはたまに会うが、その時は必ずと言って良いほど、担当してた選手や知り合いの選手の話をする。

そうすると、

「○○○って引退したの?」
「引退したらどうするの?」

など、現役を引退した後のことの話になる。

「今は地方のクラブでコーチしてるらしいよ」

という報告を受けたりする。
それを聞いて少し寂しく思うこともある。

僕は、休日に色々なスポーツを楽しんでる。

フットサル、バスケ、ゴルフ、スキー、テニス・・・

僕とスポーツは切っても切れない関係だと思う。
っていうか、僕がスポーツ無しには生きてけない。

そして縁があって、大学を卒業してからスポーツ選手のエージェント・マネジメントをすることになった。

みんな素晴らしいアスリートばかりだった。
今となっては世界のトップで戦っているアスリートばかりだ。

その時、僕たちが目標にしていたことは、

アスリートは、長い人生の中で現役でいられる期間の方が全然短い。
その短い現役の間に、アスリートが文化的貢献活動を行い、認められることによって引退後の活動の幅を拡げさせる。

ということだった。

引退してからの選択肢が、コーチ、解説者、タレントだけでは寂しい。

アスリート達はプレーを通じて、たくさんの人たちに夢や感動を与えている。
これを数値化できないのが本当にくやしいが、スポーツは他の何よりも老若男女問わず沢山の人々に感動を与えられるのではないだろうか?

なぜなら、スポーツは種目が違えど誰もが経験したことがある。
そして、それはリアルであり作り物ではないからである。

テレビ、映画など、既に出来上がったものではなく、今、これから創られるノンフィクションドラマに立ち会えるから。

それほどの感動を与えたアスリート達の引退後の選択肢がこれだけで良いのだろうか?

マイケルジョーダンは現役中も時間があれば、孤児院や幼稚園などに行って子供たちと接したり寄付金で施設を作ったりする。

こういう活動によって彼は、社会的立場として人々に認められた。

日本のアスリート達にもこういう環境を与えたいと思って仕事を続けた。

さて、僕はいったい何が言いたかったのだろう?(笑)

あ、そうだ。

アスリートが現役でいる期間の短さについてだ。

先月に僕が所属してるフットサルチームの5周年パーティーがあった。
Aチーム、Bチームに分かれて1時間半近く試合をした。

基本的にウチのチームは男女混合で和気藹々とした内容になのだが、この日に限っては何故か本気モード。相当激しいボディコンタクトなどもあり、試合が終わった頃にはみんなボロボロでした。
僕は小学校・中学校時代にサッカー部に所属して本格的にサッカーをしてたけど、ポジションがキーパーだったので、それほど激しいボディコンタクトは少なかった。

そして、高校・大学はスキー部に所属。
お分かりの通り、スキーの大会は殆どボディコンタクトがありません。

なので、こんな激しい試合をしたのは実は初めてかもしれない。
今までもフットサルの大会には出場したけど、メンバー全員がこれほどマジだったことは一度も無かった。
5周年記念試合が終わった後、メンバー全員が
「みんななんでそんなに激しかったの?」
と顔を合わせたくらい。
現に、先週末東京ドームで行われた大会の出場したけど、5周年の時ほど気合が入ってなかった。

なんでだろ?(笑)

話を戻しまして。。。

5周年記念試合が終わってから数日は身体がボロボロでした。

「サッカー選手はこれを週に2回やってるのかぁ」(レベルは全然違うけどね)

と身をもって感じることができ、ようやく、アスリートの現役の期間が短くなるのを心から理解できるようになった。

アスリートのマネジメントをしてた頃は、スポーツというもの、アスリートという職業を分かったつもりでいて、口先で語ってたんだなぁ、とつくづく思う。情けない。

けど、スポーツや仲間のアスリート達に対する思いは誰よりも強かったし、それは今でも変わってない。

今は違う仕事に就いているが、彼らのサポートを少しでも手伝えたらと思ってます。

アスリートが引退しても「人」として認められる社会に。

僕たちの時代では無理かもしれないが、いつかそうなる為に

今だから分かること。

今だからできること。

それが必ずあるはず。

「手間」をかける大切さ

以前書いたように、このあいだスケジュール帳を買いました。

買うまでの道のりには色々な壁が立ちはだかってたけど、結局買って満足してます。

新しいスケジュール帳を買うと、次の作業としては今までのスケジュール帳から書き写すこと。

僕はこの作業が結構好き。

真っ白なスケジュール帳に、新たに自分の予定を書き込んでいく。
なんか自分を新しく作り上げてく気持ちになる。

2006年に入ってから約半年。
色々なことがあって、それが自分の中で複雑になってて、
自分でも、自分の位置・状態・環境が分からなくなってきていることに不安を感じてた。
その不安を振り切るために、無我夢中に動き回って突き進んでた。
そして更に自分が分からなくなる。

そして迎えた29歳。
最高の助走をするためにも、ちょっと自分に一息入れたいところだった。

そんなタイミングで買ったスケジュール帳。

ひとつひとつ書き込んでいくことによって、自分の行動を再確認できて整理できたと思う。

スケジュール帳って色々なレイアウトがあるけど、これって重要だね。

今まで使ってたのは直線で囲まれた無機質な感じ。
時間単位で区切られていて詳細なタイムスケジュールを記入するタイプなのね。
余分なスペースも無い。

無機質に自分をつくっている感じがする。
なんか「カッチリ感」があるのよ。
「詳細に決めて詳細に行動しなくてはいけない。無駄な動きはしてはいけない。」みたいな。

んで、今僕が使ってるのは

こんな感じ。

左サイドはスケジュール帳で、右サイドがフリースペース。
しかも日付は自分で記入しなくっちゃいけないの。

僕は、右サイドは左サイドに書かれた予定の詳細を書いたり、やらなきゃいけないことを書いたり、自分で自由にレイアウトを決めて使ってる。この「ユルさ」加減がとても好き。

以前はこんな風に自分で考えてレイアウト決めたり記入したりするのは、手間がかかって面倒だし時間の無駄だと思ってた。むしろ直線に囲まれたシステマチックなレイアウトを好んだりもした。

けど、今はこの「時間がかかる」とか「面倒」とかが好きになってきた。

この2種類の手帳。同じ大きさで、同じ僕のスケジュールを書くとしても、僕的には今使っている手帳の方が、僕の人生が何倍にも広がっていくような感じがする。
いや、何倍にもできそうな気になる。

自分の時間を創るために、新しい自分を創るために、「手間をかける」や「面倒なことをする」ことは、決して無駄な事ではないのかなーって思うようになってきた。
っていうか、大切なことだなーって感じた。

手間をかけて、時間をかけて、自分を創りあげていく。
そうすることによって、自分の位置・状態・環境を把握することができる。
そして、効率的なスケジュール管理ができる。

このスケジュール帳を使いはじめてから、予定は減ってないが時間に余裕ができたような気がする。うーん、不思議。

気分転換のために財布や手帳を替えたりする、って良く聞くけど僕はあまりそういうのに興味なかった。けど、その人の気持ちが分かってきた。
僕もスケジュール帳を替えてから、充実した時間が過ごせてるような気がする。

実際に最近、僕の中で大きな出来事が1つ起こった。

今までにない素晴らしい事。言葉では表現できないくらい嬉しい(できるけど)。

最高の助走をするために良い風が吹いてきたかな?

これからも、ゆっくり手間をかけてスケジュール帳を創りあげたいと思う。
それが効率よい時間の使い方に繋がり、結果的に素晴らしい出来事に出会えるはず。

自分の身の回りの物を替えてみる。

結構良いかもですよ~。

あなたにも良い風が吹きますように。

滑走路

どーもー。

今日で29歳になりましたー。

0時から今まで数えられないくらいのメッセージを戴きました。
本当にありがとうございます。

29歳ですよ。29歳。

いやー30代が楽しみですよー。
バッチ来い。30代。

29歳は30代を最高に過ごすための滑走路だと思ってる。

30代が最高のフライトになるために最高の助走をしてみせます。

最近は時間を大切に使うようにしてる(つもり)。
24時間しか与えられてないのだから、その24時間のうちどれだけ有意義に時間を使えるか。
「有意義」っていうのは、「全てをプラスに行動できた」って意味じゃあない。
もちろんマイナスになってる事もありますが、自分がプラスやマイナスに動いてた方が、何も変化が無い自分よりも結果的にプラスに動くんじゃないかと。
市場と同じですよね。停滞してるより、ガンガンお金が動いた方が何か変化が起きる。
そうやって自分を刺激してます。

他の人が24時間で得るモノを22時間で得る。
その積み重ねが、後になって大きくなる。
それが2週間続けば336時間と308時間。
1日(24時間)以上のアドバンテージがつく。

「自分が今、何を感じ、どういう風に行動するか?」

その判断を的確にしなくっちゃね。
そんなの全然難しいんだけどねー。いやぁ、マジムズイ。

自分の現在位置。それを常に把握しなくては。

それには、このブログがとても役に立っていると思うんだー。最近。

こうやって長い間ブログを書いていると、自分が感じたことを感じたままに表すことができるようになって。
そして人に伝えているはずが、実は自分に伝えているのかも、って思うことがある。

そんな利用価値があったのね。

とりあえず今日から滑走路に立ちます。
めいいっぱい助走します。

楽しいフライト、一緒に添乗しましょー!!

さあ、旅はこれから!

スキー 愛

桜もそろそろ散りはじめ、
僕のスキーシーズンはそろそろ終わり。

今シーズンは何年か振りにスキーを本格的にやってみたが、改めて思うこと。

スキーはやっぱり楽しい☆

や、本当に奥が深いのですよ。
少し語ってしまうけど、
当たり前のことだが、スキーはスキー場っていう空の下で行うスポーツ。
要は天候によって状況が左右されるのです。

つまり、気温・湿度による雪質、ゲレンデの雪の積もり方、斜度、デコボコ具合、天候、などが全て滑るごとに異なる。

そして、スキーはそのバーンコンディションに一番適した滑り方をしなくては上手く滑れない。

ターンごとに理想の滑り方が異なる。つまり、同じターンを二度してはならないのです。

嗚呼、奥深い。

リフトで登って、コースの上から下を眺める。
その時、コースから挑戦状を受ける。僕はそれに受けて立つ。

どこをどう滑ろう?

頭の中で理想のライン・滑り方を描く。

そしてそれが実際に出来たときの快感っていったら本当にたまらない!!もう中毒。

こんなスキーと出会えて本当に幸せである。
小さい頃から連れてってくれた両親に本当に感謝しなくちゃね。

けど最近、それと同じくらい、や、それ以上に幸せかも、って思うことがある。

それは部活の後輩達が相も変わらずスキーを愛し続けてくれてること。

僕が所属してた学習院大学輔仁会スキー部は、数ある体育会系の中でも精神的にも肉体的にも一番厳しいと言われてた(今は分からないけど)。

僕も1・2年の頃は何度も辞めようかと思った。
けど辞めなかったのはモチロン最高の部員達に囲まれたこともあるけど、スキーが本当に楽しいから。

そして僕が上級生になって新入生を勧誘してスキー部を引っ張る立場になる。
スキー部は、男子と女子の活動を共にできる少ない競技でもあり雰囲気はとても良く居心地が良い。
入部のきっかけが「雰囲気が良かったから」っていう部員も少なくは無い。

それはそれで、とても嬉しいこと。

僕も部内の雰囲気を楽しくしようと努めてきた(ウザイくらいに)。

けど、それ以上に部員に分かって欲しいことがあった。

「スキーって本当に楽しい」  ってこと

やはりスキー部にいる限りは、辛いスキー部を続けていく上で一番大切なことだと思うし、スキーって好きになればなるほど本当に上達するものだから。そしたらもっとスキーが好きになる。

現役中は、可能な限りスキーの楽しさを語ってきた。
そして、百聞は一見にしかず。できるだけいっぱい後輩達と楽しんで滑った。

そして社会人になって早7年目。
部活の同輩や後輩のブログとかを見たり、会って話したりしてると、スキーをまだやってくれてる人が多くて本当にうれしくなる。

大学からスキーをはじめ、最初は全然スキーに興味が無かった後輩も、今は時間の許す限りスキーをしに行ってくれてる。

「久々に合宿やろうよ!」

そう声をかけると、たくさんのスキー部仲間がやってきてくれる。

本当に嬉しいよね、これって。

「そんなの、こおじ。のおかげでもなんでもないよ(笑)」

って思われてるかもしれない。

うん。そんなの全然良い。どーでも良い。

僕は、スキー部4年間を通してスキーを大好きになり、「努力」を覚え、多くの大切なモノを得て、たくさんの仲間に恵まれ、そしてその仲間で楽しくスキーをする先輩・同輩・後輩が見られるだけで本当に幸せなんだ。そしてその中にいる自分も本当に好き。

スキーは一生楽しめるスポーツ。
これからもずっとスキー仲間と滑りたい。

はやく冬にならないかなぁ・・・

焦りすぎ?(笑)

バイバイ、これからもよろしく。

3月15日、愛犬のゴンタと永遠の別れをしました。

はじめは全く実感が無かったけど、ふとある時いきなり涙があふれた。

僕が中学2年のときにやってきたゴンタ。ずっと一緒だった。
家に遊びにきてくれた友達も本当に可愛がってくれた。

電話で友達と話すとき、
「ゴンタは元気?」
って聞かれると
「うん!ゴンタは絶好調だよ。」
っていつも同じフレーズで応えてた。

そんな絶好調なゴンタが。。。
もう会えないっていうことが全然信じられない。
中庭を覗くとボケーっと座ってるゴンタがいそうでたまらない。

やっぱり人間って完璧じゃないから、人間・動物問わずいっぱい愛しても、いざ別れとなると
「もっと愛してあげればよかったな」
「もっとああしてあげればよかったな」
って思っちゃう。

僕は昔のことなんて全然知らないからあくまで憶測だけど、
大昔の人に比べて僕たち人間は、周りにあるモノ・情報・コトが何倍にも増えてると思う。
周りで発生するモノ・起きる出来事が格段に増え、処理するべき物事もそのまま増えたのかなぁ、って思う。

そうすると、処理能力がパンパンになり、物事のプライオリティをつける的確な判断ができないまま時間が過ぎてしまうことがある。

僕たち人間はたいして進化もしてないのに、そして1日24時間っていうことは変わらないのに、世の中が大きく変わってきている21世紀では、このようなことが起きるのは必然だったのかもしれない。
現代の人は「1つのことを全う」してた昔の人に比べて、「後悔」を感じる頻度が増えたのではないだろうか?

そんな時代、僕たちは周りにあるたくさんの物事に流されずに、自分が必要としているモノ・情報をしっかりと見極めて、それをしっかりと自分のモノにすることが大切だと思う。

もちろん後悔がゼロになるなんてことは無いと思う。
しかし後悔の中にも「全うできた」という気持ちが少しでもあれば、その後悔は次への糧になるはず。

現代人の言い訳と思うかもしれない。

けど、僕はゴンタとの14年間に対して言い訳なんてない。
もちろん後悔する部分もあるが一緒に過ごせた14年間・・・
うーん、14年間っていうとなんか包括的で薄っぺらいなぁ。
一緒に過ごせた5000日(だいたいね)の1日1日全てが他の何にも換えられないステキな日々だった。

ゴンタ、本当にありがとね。どっかで大人になっていく(なっていくのか?)僕を見守っててね。

僕はこれからも絶好調なゴンタと一緒にやっていきます!


「0.03秒」と「1446日」

2005年12月
僕のソルトレイクオリンピックはこの日にようやく幕を閉じ、同時にトリノオリンピックが開幕した。

賢太郎の家の近くの居酒屋へ行った。そして今まで話せなかったことを話した。

ソルトレイクオリンピックを途中棄権というカタチで終わり、その翌シーズンで賢太郎と僕のパートーナー契約は終わった。
それから二人はそれぞれの道へ進み、賢太郎と会うことは殆どなく、たまに電話やメールで近況報告するくらい。
ソルトレイクオリンピックを振り返ることができなかった。
当時言えなかったこと、できなかったことの後悔が僕の心の底で消化不良のままずっと残っていた。

アルコールも手伝ってか、そんな全てを語ることがやっとできた。
賢太郎も当時の気持ちを全て話してくれた。
二人でこの4年を一緒に思い返していた。

やっと僕の中でソルトレイクオリンピックを終えることができた。

本当に嬉しかった。

話題はトリノオリンピックへ。

「ソルトレイクはお互い不安なまま挑んでいた。けど今回は違う。安心して見てくれ、って言える。」

そんな賢太郎の目は透き通っていた。
僕はそんな目をまっすぐ見返すことができた。

2006年2月25日
トリノオリンピック 男子回転

皆川賢太郎 4位

3位との差、0.03秒

悔しい。本当に悔しすぎる。
しかしこれが現実でもある。マスコミでは「わずか0.03秒」って言うけど、アルペンスキーのレースではよくあることだし、その0.03秒を超えることができなかったのが実力だったのだと思う。

1本目を3位で終えての2本目。緊張しないはずがない。

オリンピック前に1度でも優勝をしていたら、このときのレースマネジメントは上手く行ったかもしれない。
こういう状況で、「勝ったことがある」という気持ちは強い。

しかし成績の事を頭から外して、「メダルをとってアルペンスキーをメジャーにしたい」という4年越しの夢。そしてそのチャンスがまた4年後だと考えると0.03秒という時間はあまりにも酷だ。これからまたバンクーバーにむけて4年間辛いトレーニングを乗り越えなくてはいけない。

この夢の為に誰よりも努力をしてきたのは賢太郎だし、だからこそ一番悔しいのも賢太郎だと思う。

しかし今回賢太郎は多くの人にアルペンスキーの魅力を伝え、そしてアルペンスキーファンに希望と誇りを与えたと思う。
実際に深夜にもかかわらず1本目終わった直後や競技終了後、そしてたった今もたくさんの友人・知人からメールがくる。

賢太郎はたくさんの人の心を動かした。
そう思うと嬉しくてしょうがない。

そして昨日、賢太郎と電話で話した。

電話をかけたものの、どう話せば良いか考えてもいなかった。
頭の中がこんがらがってたけど、電話は留守電に。
残念な気分とホッとした気分が混ざった複雑な心境。
そしたら直後賢太郎からコールバック。
賢太郎は選手村で閉会式まで休んでた。

賢:「おぉ、わりいわりい。電話出られなかったわ。」
こ:「うん。。。賢太郎、おつかれさま。悔しいな。」
賢:「だなー。くやしーよ。メダル、とりたかったなー!!80%で滑っちゃったけど90%で滑れば良かったよー。」

賢太郎はとても明るい声だった。
本心なのか、振る舞ってくれているのかは分からなかった。

こ:「だねー。けどね、賢太郎。こっちのマスコミは「わずか0.03秒!」とか言ってるけど、0.03秒なんてアルペンではよくはること。この0.03秒を越えることができるのが本当に強い人だと思う。「たられば」になっちゃうけどやっぱりオリンピック前に1回勝っておきたかったな。」
賢:「うん。そうだね。そのとおりだと思うよ。村主も4位だったよなー。彼女にもメダルとって欲しかったなー。」
こ:「でね、賢太郎!そういえばさ・・・」

・・・ってな感じで、それからはお互いの近況報告とかむちゃくちゃくだらない事とか話した。
20分くらいだったかな。けど、とても短く感じた。

賢太郎は1日に帰国し、2日に志賀高原へ向かって全日本選手権に出場予定だ。しかし、やはり体に疲れが相当溜まっているらしい。
4年前のあの事故を繰り返さないで欲しい。
「本当に無理すんなよ。お願い。」
賢太郎に何度も言って電話を切った。

今年の3月10日、11日に長野の志賀高原でアルペンスキーワールドカップが行われる。
みんなに応援しに行って欲しいけど、結構遠いところなので行けない人テレビなどでチェックしててくださいね。
今のアルペンスキー日本代表の選手層は過去最強です。

トリノオリンピックで一躍有名になった佐々木明。
2本目にスーパーランを魅せた湯浅直樹。
そして皆川賢太郎。
これほど応援しがいのあるシーズンは今までなかった。
地上波で放送されるかは分からないけど応援よろしくね!!

「たった0.03秒」 そして 「0.03秒の壁」
賢太郎は既に4年後のバンクーバーに向かってる。

0.03秒のための1446日間。

また新しい物語がはじまる。

過信

昨日は久々に東京で雪を見ました。
それにしても降り過ぎ(笑)

そして今朝、
「キュルルルルル・・・」
という外から聞こえる音で目が覚めました。

はて、何だろう。。。何か聞き覚えがあるなあ。

ベットの上でボーっとしてると、30分くらいのうちに、その音が何回も聞こえてくるのですよ。
で、次にその音が聞こえた瞬間外をみました。
そしたら家の前をタクシーが走ってるワケですよ。その音をたてながら。

あ~、道が凍り気味でスリップしながら坂を登ってるのね。

僕の家の前は坂になっておりまして、日当たりがそれほど良さそうでなないのです。

やっぱり東京の車ってスタッドレスタイヤ履いてないんだろーなー。

雪道を運転する時、一番怖い事故っていうのは巻き沿いを喰らうこと。

ウチの車はオフロード車みたいな感じで、オールシーズンタイヤを履いております。
そのタイヤでいつもスキー場に行っていて、スリップとかした事ナシ!
長野とか新潟とか雪国を走るときは、周りの車は当然の様にスタッドレスタイヤを履いているし、やはり雪道の運転も上手。巻き沿いなんて気にせず安心して運転できる。

けど、東京の人なんて全員スタッドレスタイヤを持っているワケないし、雪道の運転も慣れていないはず。

昨日、大雪の東京の中、僕は車を運転したけどあまりにも怖すぎる。
交通量の多い大通りは路面の雪が溶けてるけど、住宅街の細い道は日当たりも良くなく、路面が凍結している可能性が高い。
そこを普段と同じようなスピードで運転している車が多い。

特にタクシー。

あなた、運転歴は長いかもしれませんが、雪道の運転はどーですか?
雪道の運転経験なら、ぶっちゃけ僕の方があるんじゃない?

ってか、お客さまを乗せてスリップしながら坂道を登るってアリ?
スタッドレスタイヤに替えようよ。マジ。それでもプロですか?

「どんな状況でも運転できる」
っていうのがプロだとは思わない。
「お客さまを安心して、目的地までお送りする」
のがプロだと思う。

雪の坂道をスリップさせながら登っていたそこのタクシーの運転手さん。
あなたは「プロ意識」を間違えて過信してませんか?

お客さまの安全が第一。
すぐにスタッドレスの履き替えて運転するのが本当のプロじゃないでしょうか?

みなさん、今日も安全運転でね!!

電車親子

僕は通勤で毎日電車に乗る。
混んでいるときも乗るし、そうでないときも乗る。

僕の電車通学(&通勤)歴は長い。
幼稚園からだからもう25年くらいになるのかな。

初等科(小学校)低学年の頃は毎日満員電車。中で揉みくちゃにされて、大人たちの図体に万力のように挟まれ押し上げられ、ひと駅足が宙ぶらりんだったこともある。
基本的に目の前はサラリーマンのビール腹。息もままならない。いわば戦場である。
行きの満員電車で座れたことなんて初等科から高校まで1回もなかった。
でもそれが普通だった。
今でも電車に乗るとき、乗車時間がそれほど長くなければ余程空いてない限り立っている(はず)。

今年も変わらず電車に乗り続けているが、ここ最近不思議に思うことがある。

幼稚園児~小学生くらいの子供と母親が2人で電車に乗ってきて席が1つしか空いてないと、
たいてい母親は子供に座らせる。

なんでだろ?

僕がその頃、母親と一緒に電車に乗って同じ状況だったら必ず親が座っていた。
「子供は元気なんだから、年上の方に席を譲りなさい」
いつも言われてた言葉。

一応確認の為、母親に当時のことを聞いてみた。

「んなの、座らせなかったわよ。当たり前じゃない。」

予想通りの答え。

まあ、どちらが良いか悪いかっていう問題ではないが、僕は親の行動おかげで「年上を敬う」ということが身についたのかなぁ。って思ってる。それはとても感謝するべきことだと思う。
子供の頃から「自分が座るのが当たり前」と思ってしまってはいけないと思う。

小学生や中学生が、電車のドアが開いた瞬間に列に割り込みしてダッシュで席に座るのを見てると何だか物悲しくなってしまう。

何が言いたいのか自分でも良く分からないけど、まぁ、そんな感じ。

東京タワー

先日、リリー・フランキーの『東京タワー』を読んだ。

泣いた。ページに涙が落ちる音を何度も聞いた。

「母親に対する愛情」

僕自身、親のことを尊敬してるし仲が良いと思っている。
しかし、この本の中には僕には想像もできなかった親子の深い愛情を見ることができた。
自分の、親子の愛情に対しての軽視が情けなくなった。
今までの自分を全否定してしまうのが怖くて何度も本を閉じた。

親がどれだけ、身を削って子供のために生きているのか。
それをしっかり感じとらなくてはいけない。

今以上に親を愛し、感謝しなくはいけない。

最近思うことは、

人の価値って数値化することなんて不可能。
自分がどれだけの人生を歩んできたか、どれだけの経験をしてきたら、どれだけ濃い人生を送ってきたか、どれだけ愛されてきたか。
これが一番見えるのがお葬式なのかなぁ、って思う。
来てくれた人たちを見れば、故人の「人間」が見えるのかもしれない。もちろん人数なんかじゃない。

じゃあ、人間は最終的に何を目標に生きていくのか?
極論的に言えば、素敵なお葬式をあげるためなのかなぁ。
そして愛すべき人達に囲まれてお葬式をあげる。
いわば、自分が死んだ後の事の為に、今を生きる。
本人は死んじゃってるから分からないのが皮肉だけどね。

東京タワー。
僕の勤務地からは歩いて5分くらいなので、周辺を歩いているといつも見える。何気なく。
333メートルの高さを持ち、東京に住む人々の憂欝や欝憤を映し出したような汚れ曇った空を突き破るかのようにそびえ立つ東京タワー。相当距離が離れた場所でも赤いそれは見えるだろう。

みんなは東京タワーを見て何を思うだろうか。何を感じ、何を生きているだろう。
たとえ何も思わなくても、それを見ている人達は、それぞれの人生がありそれだけのストーリーがある。

人生なんて、そんなかっこいいものでもないって分かってるし、今更人生を無理に飾ろうとも思わない。しっかり足を地について前を向いて進んでいきたい。

先の事に「絶対」なんてないが僕らは進まなくてはいけない。

じゃあ未知なる先へ進む不安の糧は?

それは「今の自分」しかないと思う。「今の自分」とは、一匹狼という意味ではない。
産まれてから今まで得てきた経験、思い出、感情、知識、友人。それを含めた自分である。
逆に言えば人間は過去のモノしか得ることができない。
先を見すぎて過去を忘れていくのは本末転倒だと思う。

だから僕は過去を大切にする。
一緒に過ごしてきた家族はもちろん、縁あって知り合った友人、そして教わったこと、感動したこと、失敗したこと。
そして今の等身大の自分を見据えて、見えない先に目標を置き進んでいく。
過去を思いやるが、以前の自分に戻ってはいけない。
止まることのない時間のように僕達は少しずつでも成長を続けなければならない。

このブログが少しでもその「糧」になれば、と思う今日この頃である。

元旦、木を抱き何を思う。

みなさん、

明けましたおめでとうございました。

2006年も変わらずよろしくお願いします。

今年の年末年始は本当にゆっくりできました。寝正月。
ここ1~2年は本当に動きすぎたので本当に嬉しい。
日中家でボーっとしたのは何年振りだろう。

まず、年越し。
ここ数年、年越しを一緒に過ごしてる友人の今福から大晦日の朝メールがくる。
「すいません。インフルエンザにかかってしまいました」

「・・・マジ?」

年越しは、向こう10年は今福にリザーブされてたのに(笑)
一気に予定がなくなる。

まあ久々に家で年を越すのもアリかなぁ、と思いボーっとする。

友人にヒマ潰しの電話をしてみると、どーやらソイツもヒマをぶっこいてたらしい。
そして話題はミレナリオに。
どうやらミレナリオは今回が最後らしい。んで、年が明けた瞬間にライトアップする、という情報。

「じゃ、行っとく?」

ってなワケで有楽町で集合。行列に並ぶ。待つ。
そしてミレナリオライトアップ!!

すげー!!
こんなキレイだとは思わなかったよ。
並んで正解☆

で、ミレナリオの下を通ってから麻布十番の毎年行く店にGO。
やっぱり呑んじゃいました(笑)そして帰宅。

んで、朝が来る。賀正。

田村家の正月は決まって家族でおせち料理を囲んで食べる。
雑煮が美味い。母親の創る料理は本当に美味しい。

そして3人で近くの代々木八幡宮へ歩いていく。3人での散歩も久しぶり。
冷たい空気が心地よい。
途中にある三菱東京UFJ銀行の前でオヤジのポスター発見。
さりげなく写真を撮る(笑)

そして代々木八幡宮へ到着。お参りをして、お守りを買う。
中を色々まわる。僕は神社とか大好き。なんかパワーを感じる。
やっぱりこういう所って、色々なチカラが宿ってるんだろーなー。
なんか地面から吹き出るパワーを感じる。みなぎる。

裏に大きい木があった。その木に何かを感じた。
近寄って抱きついてみる。僕の手の長さでは半周もできないくらいの太い木。

身体を木に委ねる。目を閉じる。耳を木に当てる。
不思議な感じ。落ち着く。身体が軽くなる。包まれてる感じ。
周りの木々がざわつく。自分の心臓の音が聞こえる。
自分の存在を感じる。生きてることを実感する。

1分も経っていないかもしれないけど、とても長く感じた。

浄化された気分。いや、本当に浄化されたと思う。

みなさんは大きな木に抱きついたこと、最近ありますか?
是非やってみてください。出来れば神社とかの。
あと人が周りにいない時にしてくださいね(笑)
なにか感じるものがあるはずです。

そして家へ帰り、部屋で一人思う。

2005年は自分にとても甘ちゃんだった。
2006年は自分にとことん厳しくしていくつもり。
そして「結果」を出す。

今年のテーマは

「目標を詳細に設定し、結果を出す」
「ど肝を抜く」

の2つにします。

2006年は、トリノオリンピックがあり、ワールドカップ ドイツ大会があります。
「結果」が全てであるスポーツ。それに向けて、皆川賢太郎や村主章枝、そして宮本恒靖が進んでいる。

それに便乗ってワケじゃないけど、僕は「結果」を出したい。
そのための目標設定を詳細に。
そして「結果」を出して、周囲の人の「ど肝を抜く」。

今年はそれに尽きます。

やってやる。

リスクマネジメント


この週末にインフルエンザの予防接種をうけてきました。

これって僕的に快挙。
「自分のカラダの為に自主的に事前に~をやっておく」
っていうのが今まで記憶がない。
これもこのおかげ。

だって注射なんて短い時間でしょ?
今回だって病院内にいた時間は10分もないくらいだもんね。

これぞリスクマネジメント。仕事にも人生ににもあてはまるのね、これって。

仕事に必要な能力をプライベートで得てしまう天才男、たむらこうじ。

あ、そうそう。注射で思い出したんだけど、岡野工業って凄いよね。
東京都の東向島にある社員6名の小さな町工場なんだけど、年間売上6億円。クライアントはNASAなど。
その岡野工業が先日、「痛くない注射」を開発。
そしてグッドデザイン賞2005・商品デザイン部門に選ばれた。

「他に作れないモノをつくる」

これを謳って、実際に実現させる。
すばらしい。

僕も最近、「自分にしか出来ない仕事」を考えている。

周りに
「この仕事には、たむらこうじがいないと・・・」
って思われるような、確固たる自分の仕事を確立したい。

では、「自分にしか出来ない仕事」ってなんだろう?
同じ景気の中を生きている他の人と、どうやって違う仕事を創るか。

それは、

「出会い」と「知識の引き出し」の融合

だと思う。

それぞれに与えられた世の中・景気・流行、つまり舞台は同じ。
他人と違うこと。当たり前なことだけど「人生」。地球上の人の数だけ人生がある。
どんなに平凡な人生を歩んだって、他人と違う部分なんて探せばいくらでもある。
その部分が「良い」「悪い」なんて、その時点では全く関係ない。
それを振り返ってどう考えるかが大切。
一番簡単なことが、「誰と出会ったか?」。

人生も仕事も1人で歩むものではない。

出会った人たちと、どんな風に人生を楽しんで、どんな風に仕事ができるか?
もちろん一緒に仕事をしなくても良い。話をして得ることがあるかもしれない。

「友達を仕事に利用するなんて・・・」

んなこたぁない。
「利用」するのではない。仕事っていうのは関わった全員がハッピーにならなくては成立したとは言えない。そういうスキームになるように一緒に考える。そうなれば相手は「利用された」なんて思うわけない。一緒に仕事を「楽しむ」のだ。友達と一緒に仕事やった方が何倍も楽しいに決まってる。
逆の立場で考えると、友達から仕事の誘いがあったらなんか手伝いたくなるでしょ?

友達だから出来ること・話せることがあるはず。
そうすれば仕事のスピードもあがる場合があるはず。

あれ?インフルエンザの話だけ書こうと思ったのに、ついついここまで書いちゃった(笑)

「知識の引き出し」の話してないけど今日の日記で書きたいことはインフルエンザだけなので、ここでやめます。

これらは全部個人的な考えなのであしからず。。。
仕事で困ったときに確認する自分へのメッセージなので気にせんといてね。

「友達と楽しいことをいっぱいしたい!!」

そんなこうじでした。

胸で叫ぶメッセージ


いやー最近めっきり寒くなりましたねー。これ。
街中を歩いてる人を見てると季節の移り変わりを実感するよね。

僕は街中を歩いているとき、すれ違う人たちの洋服を見て楽しんでる。
どんなコーディネートか、っていうよりも別のことに。

メッセージシャツって分かるかな?
シャツに大きくメッセージを書いてるやつ。

たとえば「NO WAR!」とか・・・今は色々思いつかないけど。あれを見るのが面白い。

基本的に自分の洋服を買うときに、自分の考えと異なる意味が書いてるシャツなんて買わないでしょ?
だからメッセージシャツ着てる人を見て

「あー、この人はこんな人なんだー」

みたいな。

これ、ホントおもしろいんだ。

メッセージだけじゃなくてイラストでも分かるよね。

そろそろ季節柄、シャツはコートの奥に隠れちゃうけど楽しんでみて~。

電車男 ~千代田線編~


今朝の出来事。

遅刻ギリで出勤。

僕は毎朝、代々木上原っていう駅から千代田線に乗る。

千代田線は代々木上原が始発なので運が良いと座れる。そして今日は運が良い日だった。

そして同じホームの反対側には小田急線がやってくる。
小田急線は朝ラッシュはハンパない。
僕も以前までは小田急線で20年以上通学&通勤してたが、かなり死にかけてた。

代々木上原で小田急線から千代田線に乗り換えてくる人は結構いる。
小田急線の中で、もみくちゃにされて苦痛を味わってきた大勢の人が、席が空いている千代田線にに向かってダッシュでやってくる。今日もそんな感じ。

千代田線で座ってくつろいでる僕。
小田急線がやってくる。
「おーきたきた。みんな一目散に走ってくるんだろーなー。ウシシ。ごめんねえ。僕はもう座ってしまっているのだよ。残された席を巡って壮絶なバトルを繰り広げてくれたまえ。」
小田急線のドアが開く。
案の定、SMAPのコンサート開場直後、グッズ売場に懸命に向かうファンのように(見たことないけど)千代田線に向かってくる。さながら大人の椅子取りゲーム。

僕自身、こういうので走ったりするのは苦手。
「こんなところで必死になるなよ~」
って思ってしまう。

けど今日は僕は普通に座れた。素晴らしい一日を予感させる出来事。

千代田線の席が一気に埋まっていく。あっという間に空席がなくなり、立ってる人もいる。

しかし。

しかし。

何故か僕の両側は空席のまま。

「えっ!なにっ?」
「どーしたの?席が2人分も空いてるよっ!えっ!なにっ?」

状況が掴めない。一気に不安に陥る。

「僕、臭いのかな??いや、今朝きっちりとシャワー浴びたしなー。」
「何かついているのかな?そういえば家出るときに鏡見なかったよ。。。」
「何か悪いことしたっけ??なんで隣に座ってくれないのっ??」

気が気でしょうがない。

次の駅、代々木公園に到着。また数人乗車してくる。
「おーい!ここに2つも席が空いてるよ~♪」
乗車してきたうちの1人は僕の隣にある空席の前に立って小説を読み始める。

「えええぇぇぇえぇぇええぇぇぇぇぇーーーー!!!」
「座ればいいじゃんかよぉ!!座ったら楽チンなんだよ!快適なんだよっ!!」

心の叫びも虚しく電車は出発する。

もうここまできたら、原因は僕にあると判断。
正面の窓に映る僕を一生懸命チェックする。
うーん、とくに外見的には問題なし。何が付いているワケでもない。

更に次の駅、明治神宮前でも願いは叶わず両サイドの席は埋まらない。

もう、気にしないことにする。
っていうか気にしてないフリをする。
カバンから手帳を取り出し、読む必要もないメモを読むフリをする。
他の事を色々考える。たいして思いつかない。

そうするうちに乃木坂に到着。

乃木坂から乗ってきた女性がスタスタと僕の方にやってくる。
僕は、彼女が通り過ぎたとしても動揺しないように心の準備をする。
彼女が近づいてくる。2m、1m ・・・

僕の右隣に温もりが!!
そう、彼女は僕の隣に座ってくれたのだ。

嗚呼、なんだろう。この安堵感。

「やっぱり僕は悪くなかったのだ!」

冤罪により刑務所に入れられたが、無罪釈放になったボクサー、ルービン・カーターもこのような気持ちだったのだろうか?

とにかく、密室である電車の中が、安堵感と開放感でいっぱいになったのは言うまでもない。

千代田線を降りる霞ヶ関まで幸せいっぱいだった。

降りるとき、右隣に座っている彼女に向かって心の中でこう囁いた。

「ありがとう」

生きるために? ゴハンのために?

さて、今夜は某化粧品クライアントのアニバーサリーイベントとブランディングの方向性のプレゼンのために、総出で資料作成です。

会社の経費で出前弁当を食す。洋風御膳。

空腹時の食事はサイコーに美味い。
そして生き返る。

ここ最近は食事に関するブログが多いけど、やっぱり食事って大切だね。

こうやって食べたいときに食べられる日本に生まれたことに感謝です。

ちょっと気になって調べてみると・・・
世界の発展途上地域では、食べ物が無くて一年間に子供・幼児たちを含めた約1500万人が餓死しているそうです。一日にすると2万4000人から4万人が餓死しているのです。さらに、飢餓人口は約8億3000万人といわれています。つまり、世界人口の7人から8人に1人が飢餓状態で十分食べ物がありません。

これは本当に悲しいこと。

しかし一方、我が日本のような先進地域では、食べ過ぎて肥満になっている人口が約12億人おり、肥満が原因で死亡する人は多くいます。

まぁ、僕も12億人の中のひとりであるわけだけど、はて?

8億3000万人の飢餓人口
12億人の食べすぎによる肥満人口

普通に考えたら埋め合わせできそうな人口差だよね。
なんでこんなことが起こるんだろう。

簡単に言っちゃえば、ゴハンがいっぱいある国とゴハンが全然無い国があるっつーことだよね。

じゃあ、いっぱいある国が全然無い国にゴハンあければいーじゃんか。

けど、そこは難しい色々な事情があるんだろうか。貿易経済とか・・・
だからこういうことが起こるんでしょ?

僕達は個人的に飢餓の人たちにゴハンをあげるのは大賛成なはず。
国対国にしちゃうから面倒なんだよね。
そして個人がゴハンをあげる方法は「基金」というカタチだけなんだろうか?

僕は母親の提案で小学生時代にエルダー基金(だっけ?)っていうので、毎年お年玉を基金してた。
そうすると半年後くらいに、
「田村幸士さんの基金が~~君の6年間の学費が充てられました。」
という手紙と、当時の僕と同い年くらいのその少年の写真、そしてその少年の直筆の手紙が届く。
手紙は翻訳もされていて「ありがとう」って書いてあった。

それを見ると本当に嬉しくてたまらなかった。
だから毎年やった。

やっぱり明確に分かると嬉しいし、やりがいもあるよね。

ここ最近、基金のことなんて考えなかった。反省。。。

どうやったら全世界にゴハンが充分に行き渡るのだろうね。

みんなが食べたいゴハンを食べたい時に食べられるようになるといいね。
世界中のみんなが、

「生きるためにゴハンを食べるのではなく、ゴハンを食べるために生きる」

ようになったらいいね。

そのためには。今自分ができることを。もう一度考えてみよう。

ちなみにさっき終電で帰宅できました。
早く寝よ。オヤスミ。