血の熱さ

どーも。
あいかわらずデジカメが無いのでテキストのみで。。。

先日、以前の日記で登場した,
サザンハリケーンの梅澤とメシに行ったさ。
中目黒にある豚肉料理を食わせてくれるお店なんだけど、色々語ったなぁ。

彼はアーティスト、つまり「表現者」。音楽とフィルターを通して「表現」する。
ここで言う(っつーか僕が考える)「表現」は、普通の人が思ったことを表す「表現」とは違うと思う。
そんな「表現」はみんながやっていること。
彼にはオーディエンスがいるわけで、評論家もいる。
そこに、何を通してどうやって投げかけたら、相手により良く噛み砕いて飲み込むことができるか。
を考えなければいけない。
だから自分の感じた事を100パーセント伝えることは難しい。
自分の表現したい事をそのまま「表現」するアーティストは、一流アーティストと思わない(僕はね)。

「自分が表現したいこと」 と 「相手が求めて共感(評価)できること」
の最大公約数を見出せるアーティストを「一流」って呼びたい(僕はね)。

そういうアーティストには、オーディエンス達が必ずついてくる。
そこまで来たら、後は最大公約数を自分の「表現」したい事の100パーセントに徐々に近づけさせればいいんじゃないかなぁ。

まぁ、それまでには色々な要因があるとは思うけどね。

この文章、梅澤が読んだら怒るかもね。。。
「知ったかしてんじゃねぇ!」って。

僕の感じた事を勝手に「表現」してるだけだから気にしないでね。
あ、これって「一流」じゃないか(笑)

話は少し変わって

僕の祖父は、とある「表現者」だったわけですよ。

その繋がりで、僕の叔父も父親も「表現者」としてやってきたわけ。
「2世」っていうプレッシャーに負けずに、頑張ってここまできた。
はじめは「親の七光り」でデビュー。この世界に入る事は簡単だったと思う。

けど、そこからは自分のチカラ次第。
周りの期待もプレッシャーも大きい。
だからホントに辛かったと思うし、努力したと思う。

僕は今まで父親の仕事に自然と触れていて、ごく当たり前の事のように捉えていて、
あまり深く考える事が無かった。

今、僕はテレビ関係の仕事をしていて、色々な人に会うたびに
「父親のあとを継がないの?」
って聞かれ、父親、叔父、祖父の話を色々話してくれる。
徐々に父親、叔父、祖父の凄さを感じてきた。
「あぁ、田村家ってやっぱ凄いんだー」って。

そうするうちに、田村家に愛着、誇りを持ってきた。
2代続いている田村家を3代目で終わらせて良いのか?
なんだか、「表現者」の田村家が僕たち3代目で終わらせるのは悔しくて悔しくてしょうがなくなってきた。
僕の父親が4兄弟の末っ子。だから3代目で一番年下僕。他の人たちは、結婚してるし落ちついちゃってる。

最後のチャンスは僕なわけですよ。ぼくちんが。
っていっても、既にだいぶ出遅れてるけどね。

恥ずかしながら、まだ自分の進むべき道がハッキリしていない。

しかし、僕には田村家の血が流れている。
「表現者」のDNAは受け継いでる。
その血を大切に誇りも持って進んで行こう。
どんな道を進もうとも、人生の「表現者」になれるよう。

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