皆川賢太郎

朝もめっきり寒くなってベッドから出るのが一苦労。
しかもウチは格好つけてカーテンじゃなくてブラインドにしてっから寒い寒い。

ここで活躍するのが、僕の大好きな毛布。ウチの毛布はもうさいっこー。ホントあた
たかい。「ぬくぬくする」ってこういう事なんだなー。って朝からちょっぴり笑顔に
なる。

そんな温もりを泣く泣くあとにして、着替える。うぅ、やっぱ寒い~。
僕ってこんなに寒さに弱かったっけ?

小学生時代は制服が半ズボンで、寒いのなんてへっちゃらだった。朝5時に起きて朝
練することも嫌じゃなかった。っていうか好きだった。
目標の為に、朝早く起きて一生懸命やる、っていう事がとても嬉しかった。
それは大学になってからもそう。朝練サイコー。
今でもたまに、大学スキー部の部活に参加してるー。
え?ウザったいOBだって??やっぱそうかなぁ・・・

ってな感じでスキーシーズンになってきました。
今年はみんなスキーに行くのかな?行って欲しいなぁ。だって楽しいもん。
シーズンになって日本の積雪も気になるけど、それともうひとつ。

皆川 賢太郎

彼はアルペンスキーの選手。
アルペンスキーってのは、旗と旗の間を滑ってタイムを競うやつね。
アルペンスキーには、「ワールドカップ」っていう大会があるのね。
毎年開催されていて1種目につきだいたい10戦で競って、総合優勝を目指す。
賢太郎はシーズン中、ヨーロッパを拠点にして各国で大会に参戦。

いつもその結果ばっか気になる。

実は、僕、以前賢太郎のマネジメントをしてたのね。
って言ってもマネジメントって言えるようなものじゃなかった。

はじめ、賢太郎が「俺のパートナーとしてマネジメントしてくれないか?」って誘っ
てくれた。本当に嬉しかった。

けど、僕の仕事は散々たるもので、賢太郎の求めるカタチにならなかった。
ホント駄目ね、僕って。まわりから見たら「あいつ足引っ張ってんじゃん」って思っ
てたはず。
だけど、本当に勝ってほしかった。2人でアルペンスキーをメジャーにさせたかった。
そしてアマチュア選手が稼げるシステムを作りたかった。

アマチュア選手が有名になるためには、オリンピックで勝たなくてはいけない。
日本のマスコミってそんなもんだから。

僕達は本気で勝ちにいってた。勝つもんだと思ってた。

そしてソルトレイクオリンピック。毎年シーズンになると思い出す。

僕は応援しに現地に向かう。
僕は観客席で応援。選手とは会ったり話したりするチャンスはほとんど無いんだけど、
試合直前に賢太郎を見かけた。

「賢太郎!」

振り返った賢太郎の目は、鋭く、そして、本当に透き通っていた。

「いける。」

「いける。」

それだけを交わして賢太郎はスタート地点に向かった。
負けることを想像もしていない僕は賢太郎の目を真似ながら席に戻る。

・・・自然と涙が出てた。マイナス20度の中、頬をつたう涙が暖かく感じた。
ゴールエリアでインタビューを受けて僕の前に現れた賢太郎の目はさっきと違う。
今まで見た事ない真っ赤な目。
賢太郎が近づいてくる前に僕は息を整えて、涙を拭いて賢太郎を迎えた。
ここで僕も泣いてちゃいけないって思って。
賢太郎が僕の胸に頭をうずくめる。
辛かったと思う。本当に。
オリンピックまでにケガやアクシデントがいくつあっただろう。
色々頭の中で思い出す。

それからホテルまでの道のりはほとんど覚えてないや。

そして2004年。今僕は違う仕事に就いている。
また、ワールドカップのシーズンが始まった。
このあいだ、久々に賢太郎とメールした。
どうやら調子が良さそう。
今夜も賢太郎の活躍が聞こえてくる。

今度のトリノオリンピックで勝つために賢太郎は復活を果たす。

志は高く。

あー、明日も朝寒いんだろーなー。

おやすみ。

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