待つことは哲学

昔から心に留めている言葉です。

携帯がない頃の待ち合わせはその場に佇むしかなく、その時間が自分と向き合ったり物事を深く考えることができた。

携帯できて純粋に「待つ」ということが無くなり外部と関わるばかりで自分と関わる時間が無くなった。

朝の散歩は「待つ時間」と似ていて頭と心が満たされます。