「成長」というもの

友達の子供に久々に会ったとき、
「すごい大きくなったなぁ」
と言うと、友達は
「そうか?毎日一緒にいるからあまり分からないや」
と言う。

それに似ているのかな?

たとえば
良く会う友達から結婚報告をうけるよりも、数年会っていない友達からメールで「結婚しました」と連絡をもらった方が妙にリアルに感じる。
会っていない数年という時間の流れ。
「ああ、あいつはこの数年の間にどれだけ成長したんだろう。」
もちろん僕も少しずつ成長していると思っているが、こういう場面に立ったとき、その自分の伸びしろがとっても小さく友人の伸びしろがとても大きく感じてしまったりする。

成長っていうのは「相対」でもなく「絶対」でもなく「主観」だと思ったりする。
「過去」と「現在」の変化がそれにあたるもので、その変化は一般的には「ダメ」になったかもしれないが自分にとっては「成長」かもしれない。逆も然り。
要はその変化を自分がどう捉えるか。かなと。
「成長」と思えば「成長」であって、そして自分が目指す目標においてまだ足りない部分をどう埋めていくか「努力」する。そして「努力」は「行動」すること。

そうありたいと思っているんだけどね。
だけどね(笑)
そう簡単にできなかったりする。

幼稚園の頃は自分に限界がなかった。
本当にヒーローに変身していたし。
本当に腕からビームが出ていたし。
本当に口から火を吹いていた。
だけど小学校に行って「競争」を覚えて、だから上には上がいると知って、だから「出来ない」自分を知ってしまって「相対」してしまう。

うーん。
ま、そんな自分を認めて。

結局何が言いたいのか分からないけど、悩みってワケでもないし、感じたことを書き綴ってみた。

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